第5話 【女神様の声】
日が沈む前に三人は下校しました。
咲楽は帰りの電車を降り、薄暗くなった家路を辿ります。
(今日のご飯はなんだろな~)
そんな呑気なことを考えながら歩いていると、咲楽は途中にある子道が目に入ります。
この子道を進んだ先に置いてある、石でできた小さな女神像。女神様はこの像を地球に落とし、像を拾ってくれる救世主を待っていたのです。その女神像に触れてしまったことが、咲楽が異世界に迷い込むきっかけとなりました。
「…」
その女神像は今でも小道の横に置いてあります。
あれから咲楽はたまに、女神像に向かってプレザントの平和を願い手を合わせていました。ですが今はもう女神様の声は聞こえません。
もう遠い過去のような思い出、咲楽は小道に寄らず通り過ぎようとしました。
『………』
その時、咲楽は気配を感じます。
「…?」
『………サクラ』
「女神様?」
聞き間違いではありません。
咲楽は確かに聞こえました、一年前を最後に聞こえなくなった女神様の声を。振り返ると、女神像が薄っすらと発光していたのです。
『サクラ、少しお時間よろしいですか?』
「……はい」
女神様の頼りない声に咲楽は何かを感じ、女神様の声に耳を傾けました。日は完全に沈み、電灯が歩道に立つ咲楽を照らしてくれます。
………
……
…
「………なるほど。私が帰ってから一年、またプレザントに憎食みの気配がすると?」
『はい…気配は微かで、存在もハッキリと確認できていませんが…心配です』
咲楽は一通り女神様からプレザントの状況が伝えられました。
憎食みは負の感情を餌に成長する化け物。それが出現するということは、人々が抱えている負の感情が強まっていることを意味します。
「むー…やっぱり戦争が終わてすぐ解決にはならないですか」
『はい…どうすれば良いのか…』
女神様は藁にもすがる思いで咲楽に相談しにきたようです。
「うーん…」
腕を組んで悩む咲楽。
(戦争を止めるならまだしも、多くの人が抱える不安や憎しみをどうにかするなんて…一体どうすればいいんだろう)
どれだけ考えても解決策は出てきませんが、咲楽はプレザントで冒険を共にした仲間たちの姿を思い浮かべます。
「……わかりました、私にもなにか出来ることがないか考えてみます」
お世話になったプレザントの人々のためを思うなら、咲楽に諦めるなどという選択肢はありません。
※
咲楽は夕ご飯のハンバーグを頬張りながら解決案を考えます。
「………」
どうすれば憎しみに疲れた人たちを笑顔に出来るか、戦争を終結させるよりも難しい難題です。何か全ての人々を笑顔にする魔法のようなアイデアがあればいいのですが、そんな都合のいいアイデアは思いつきません。
「どうしたの?咲楽」
「はい?」
「大好きなハンバーグを無表情で頬張ってる。なにか悩みがあるの?」
「…」
お母さんは咲楽を見て心配しています。料理は最高に美味しいのですが、プレザントの問題を考えると笑顔になれません。
「もっと美味しそうに食べる姿が見たかったな~」
「美味しいよ?」
「それは当然。もっと朝みたいなリアクションが欲しかったのよ」
「難しい要望だね」
「一年前にボロボロの姿で帰って来た時なんかすごかったよ。涙を零しながら料理を食べてさ、世界一幸せそうな笑顔だったんだよ」
「あ~…」
咲楽はあの時食べたクリームシチューを思い出します。
一年ぶりに食べたお母さんのクリームシチューは、咲楽にとって世界一美味しい料理でした。それだけ異世界プレザントの食生活が悲惨だったのです。食材、香辛料、調理法、その全てが地球とは比べ物にならないほど低水準にありました。
「………」
その時、咲楽に一つのアイデアが生まれました。
「お母さん。もし不味いご飯しか食べたことない人たちがお母さんの料理を食べたら、どんなリアクションをするかな?」
「面白いこと考えるね。ふふん、もちろん美味しすぎて自分の抱えている悩みなんて吹っ飛んで笑顔になるでしょうね」
自信満々に答える咲楽のお母さん。
「………」
そして咲楽は、この突発的なアイデアを検証してみたくなりました。問題は実行するために必要なものを用意できるのかです。