第39話 【精霊の力と咲楽の力】
「まず、サクラは僕ら精霊の原理は覚えてる?」
ノームは前回の冒険で咲楽に説明した精霊の役割をおさらいします。
「はい。魔物の頂点に立ったノームくんは大自然の管理を女神様から任され、不老不死を得るため肉体を捨てた…ですよね?」
「正解。そんな僕たちが現界するには、それなりの魔力を消費するんだ。今の僕はサクラの神力のおかげで長居できるけど」
肉体を捨て永遠を手に入れた精霊。
普段なら精霊は世界の魔力を使い現界していますが、今のノームは咲楽の神力のみで現界しています。
「生態系管理、自然管理、汚れた魔物の排除。ウンディーネもサラマンダーも効率的に魔力をやりくりして最小限の現界を繰り返してる。なのに魔物が話し合うたびにいちいち呼び出されたら、差支えが出てくる」
つまりノームは、世界の魔力切れを危惧しているのでしょう。
「なら女神様から力を貰えば…」
「回復中の女神様から神力を頂くのは非常時だけにしたいし、魔物管理は僕ら精霊だけで解決したい。最良なのは、女神様の証をもつサクラの集めた神力を使うことなんだ」
「そっか…私はこの世界で回収されなかった“落とし物の信仰”を拾って神力を溜めています。こっちを使った方が有意義ですものね」
女神様が回収しきれなかった信仰を回収することが、女神の証をもつ咲楽の役割です。
咲楽のもつ“落とし物の信仰”と女神様がもつ“純粋な信仰”はまったく性質が異なり、咲楽の能力は女神様の劣化版なのです。
「それで僕ら精霊がサクラから神力を得るには、サクラが近くにいる必要があるからね」
ノームが咲楽から距離を置くと、その姿が少しずつ薄くなっていました。
「私は女神様みたいに遠くの人を回復したり強化することは出来ませんからね…」
そんな女神様の劣化版である咲楽ですが、その神力は有り余っておりいくらでも精霊召喚が可能です。咲楽が協力してくれれば精霊側も魔物側も大きな利点を得られるでしょう。
しかしそれは、サクラがこの魔物戦争の中核に立つことを意味します。
「わかりました。話し合いの場だったり、私が必要になったら呼んでください」
「…いいの?」
「いいですよ、でも汚れた魔物の前に立つのはちょっと…」
「呼ばない呼ばない!もうサクラに辛い戦いはさせないよ」
ノームは咲楽を戦場に立たせないことを約束してくれました。
(ごめんなさい…クロバさん)
咲楽は心の中でクロバに謝罪します。
結局、汚れた魔物の件に深く関わってしまいました。
(とは言っても無視できませんし…これも秘密ですね)
どんどん秘密を抱えていく咲楽。
果たしてバレずに事が済むのでしょうか?
「ノームくんこそ、忙しいのに旅の護衛を任せてしまってすみません」
「いやいや。こうしている間にも魔力回復はさせてもらってるし、数日間僕一人が抜けたぐらいでバランスが崩れるほど世界は緩く作ってない。せいぜい睡眠時間が減るのが辛いくらいだよ」
「それはそれで申し訳ないですね」
咲楽とノームは笑い合います。
何はともあれ、咲楽は魔物異種間交流の懸け橋を担うことになりました。
※
「えっと…では通訳が必要になったらグリフォンが伝えに来てくれるんですね?」
「ギギィ」
咲楽の言葉にグリフォンが頷きます。
どうやら賢い魔物は人間の言葉が伝わるようです。ただ魔物に言葉を発する器官が備わっていないので、人の言葉は喋れません。
「それではまず、このグリフォンとベヒモスの長に会えません?」
「この二体が長だよ。見ての通り」
「…?」
ノームは平然と答えます。
どうやら魔物視点ならば種の長は一目瞭然のようですが、咲楽はグリフォンの長である特徴が分かりません。
「なら名前を教えてください」
「魔物に名前はないよ」
「え…不便ですね」
外見に特徴もなければ名前もない。
それではどのグリフォンが咲楽と約束した個体なのか見分けがつきません。
「…じゃあ、私が名前を付けていいですか?ニックネームです」
「!?」
「!?」
何気ない咲楽の提案にグリフォンとベヒモスは過剰に驚きます。ノームも少し驚いている様子ですが、咲楽はお構いなしに話を進めました。
「グリフォンは爪が鋭いので“クロウ”。ベヒモスは二本の角が格好いいので“ソウカク”なんてどうですかね?」
かっこいい魔物にかっこいい名前を付ける咲楽。
二体の魔物に名前を付けた時、咲楽の手の甲に刻まれた女神の証が薄っすらと発光しています。
「…サクラ、気軽にすごいことするね」
「え?ただ名前を付けただけですよ」
「いや、女神様の権能をもつ者が魔物に命名するってね…」
「?」
「………まぁいいか」
ノームが説明しようとしましたが、途中で面倒になったようです。
「そういえばノームくんも女神様から名前を貰ったんですよね」
「うん、だからこそ強くなれたんだけど。この二体も成長してくれれば、その内精霊言語を…」
「成長?」
途中からノームの話についていけなくなった咲楽。
すると、急にグリフォンが咲楽まで顔を近づけてきました。
「ひ…」
急に肉食獣が顔を近づけてきて咲楽は少しだけ驚きましたが、そんなグリフォンの嘴には草のようなものが咥えられています。
「くれるんですか?」
「ギィ」
「では………これは、草笛?」
咲楽が受け取った植物は、笛のような形をしていました。
「キュキュ、ギギ」
「グリフォンの縄張りから生える特有種。吹けば同胞が駆けつけてサクラの力になるって」
「へぇ…」
「なんか、今度は魔物の女神様になりそうだね。サクラ」
「あはは…」
もう力なく笑うしかない咲楽でした。
この魔物同士の争いに関わったことが、今後の旅路にどのような影響を及ぼすでしょうか。




