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第32話 【リンコジャムとパン】




 咲楽が孤児院に到着して三日目の朝。

 本日の天気は晴天、絶好の旅日和です。この日に咲楽は孤児院を立つことにしました。


「この朝ごはんが最後の料理です、美味しい物を作りましょう」


「なに作るの?」


 ハトは興味津々で台所に立つ咲楽を見物します。


「パンとジャムです!」


「…パンはわかるけど、ジャムって?」


「パンに塗って食べる甘いソースですよ」


――――――――――――――――――――

 ~リンコジャム~


 ①皮をむいたリンコの実をいちょう切りにし、塩水にさらします。


 ②鍋にさらしたリンコの実を入れ、砂糖も加えてじっくり煮込みます。リンコの実は地球のりんごより甘みが足りないので、砂糖は多めに入れましょう。


 ③灰汁を取りながら煮込むこと30分。最後にレモン汁と山で採れた香草を加えれば、リンコジャムの完成です。

――――――――――――――――――――


 孤児院の住人は湯気が立つジャムパンに迷いなく齧り付きます。


「甘い…!それにこのパン、ふかふかだねぇ」


「パンは地球の素材を使って焼き上げました」


 プレザントにあるパンは固い物ばかりなので、咲楽はハトたちに柔らかいパンをご馳走するため強力粉などの食材を準備していました。咲楽の狙い通り、ふかふかのパンとあつあつのジャムはハトたちに大好評です。


「残りのジャムは瓶に詰めますね。出来立てあつあつも美味しいですが、しばらく置いて味をなじませても美味しいのです。こうして瓶を逆さにして真空保存にすると日持ちしますよ」


「しんくう……?」


 咲楽の調理技術にハトは感心するばかりでした。

 それだけ地球の食文化が発展しているということです。


「そうだ、女神様にもお供えしないと」


 咲楽は荷物から女神像を取り出し、食卓に置いて出来立てのジャムパンをお供えします。


「…」


 その様子をクロバはジャムパンに齧り付きながら眺めていました。


「サクラは女神様の像を持ち歩いてるの?」


「はい、旅のオトモに」


「……サクラならいいのか」


「え?」


「本来なら女神像はあるべき場所から移動させてはいけないって決まりがある。迂闊に人前で女神様の像を出さないよう気を付けなよ。俺たち以外のプレザント人はサクラが女神様に選ばれた者だって忘れてるんだから」


「あ…そうでしたね」


 地球にいた頃から宗教に疎い咲楽。

 プレザントは女神様の信仰が文化のよりどころとなっています。そんな世界に咲楽が女神の証を持って現れたのです、当時は咲楽の冒涜的行為で信仰文化が崩壊しかけたこともありました。


「女神様、お味はどうです?」


 そんな信仰を軽く見ている咲楽が女神様へ味の感想を求めます。


『…馴染み深い自然の甘さを感じます』


「!!?」


 突如、孤児院の住人全員の頭の中から声が響きました。


「今……何か聞こえなかったか?」


「女神様の声ですよ」


「………」


 ハトとクロバは慌てて咲楽の横に並び、小さな女神像の前でプレザントに伝わる祈りの所作を整えます。


『ここは教会ではなく暖かな家庭です。どうか楽に崩してください』


 そんな二人に優しい声をかける女神様。


「ひ…は、はい!」


「……!」


 ハトとクロバはガチガチに緊張していました。

 何の心構えもなくプレザントの創造神と対面すれば、プレザントに生きる常人なら相当なプレッシャーを受けるでしょう。


「あ、もう女神様は引っ込みましたよ」


 咲楽は固まっているハトとクロバに声をかけます。

 女神像はもう発光していません。


「…し、心臓が止まるかと思ったよぉ」


 ハトは腰を抜かしていました。


「サクラ、頼むから徐に女神様を呼びだすのは止めてくれ」


「ご、ごめんなさい…」


 クロバに叱られ反省する咲楽。

 咲楽はまだ信仰の勉強が足りないようです。


「そうだ。地球から持ってきた残りの食材、いくつかハトさんに渡しますね」


 話題を変えるため、咲楽は地球から持ってきた余り食材をハトに渡します。

 料理の基本調味料である“さしすせそ”に、かけるだけで美味しくなるタレやつゆなど。咲楽は一つ一つ解説しながらハトに託しました。


「いいの?こんなにたくさん」


「はい。実は今回、この世界の食文化発展を目論んでいます。なのでハトさんにはこれらの食材を使った感想や、その味に近しいプレザントの食材を探してほしいのです」


「なるほど…うん、任せて!」


 終戦して平和を持て余していたハトは、久しぶりにやりがいのある目標を持てて張り切っていました。


「よし、今日も狩りに行くぜー!」


「探索域を広げるため、もっと強くなる…」


 そして食料調達係のリットとクグルも意気込んでいます。


「気を付けるんだぞ。噂だけど森の中で憎食みらしき魔物の目撃証言があったから」


 リットが調子に乗らないよう注意するクロバ。

 良くも悪くもリットは憎食みに対する恐怖を忘れ、すっかり油断していました。


「それなら大丈夫!サクラねーちゃんが倒しー」


 油断してうっかり秘密を口にするくらいです。


「!?」


「!?」


 咲楽とクグルが慌ててリットの口を手で塞ぎました。

 しかし、時すでに遅し。


「………今、倒したって言った?」


「あー…えっと」


 もはや言い訳の余地はありません。

 憎食み出現の件がクロバにバレてしまいました。


 ハトとハツメが聞いていなかったことだけが幸いです。

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