第320話 【ロベリア戦争の結末】
ここでロベリア戦争の詳細をおさらいしましょう。
それは八年前に起きた大きな戦争のことです。
かつて四大勢力に数えられていたロベリア王国は、他国の人間や異種族を奴隷として虐げる最悪の国でした。そんな愚行が災いして帝都フリムの逆鱗に触れてしまったのです。
帝都フリムはロベリアにある全てのものを滅ぼそうとします。
その情報を最初に得たのは帝都フリムにスパイとして潜り込んでいたソエルの人間でした。ギルドの街ソエルの総長はロベリア王国の内情も知り尽くしており、戦争が起きれば大量の犠牲者が出ることも容易に想像できます。
総長は罪のないロベリアの住人を外に逃がす計画を立てました。
情報屋クスタと内通者ハルノが帝都フリムの動向を探り、精鋭のオルドとルーザがロベリア王国の退路を確保。総長はソエルの戦力を総動員させて入念に準備しました。
中でもアクリの父親であるアーグは並々ならぬ人望を生かして、最も危険な前線で避難民を誘導する役割を担いました。頑なだったロベリアの住人から信頼を得て、移住を決意させることに成功します。
予想外だったのはフリムの進軍が早かったことです。
数千人での大移動にはどうしても時間と準備が必要です。元々戦争の混乱に乗じて避難させるつもりでしたが、一歩でも遅れればフリムの進軍に巻き込まれてしまう状況でした。
結果的にアーグ・フリーライトは避難民をオルドとルーザに任せ、自分の命を投げ打って時間を稼いでくれました。
ここまでが各国を回って得たアクリ・フリーライトの父親の情報です。
※
話を聞き終えたオルドは深い息を吐きました。
「…これも女神様の思し召しということか」
小さくそう呟いてからこう続けます。
「私は戦闘力と視野の広さを評価され、ロベリア王国侵攻部隊の隊長を務めていました。前線に立って隊を指揮しながらロベリアと戦い、結果は知っての通りフリム軍の圧勝に終わりました」
「…」
咲楽たちは静かにライルの話を聞きます。
「予想外の侵攻でロベリア王国は大混乱が起きていたが、私は何やら計画的に動く一団を目で捉えました。さらにその集団が住人や奴隷を国外へ逃がしていることに気付きます。彼とはその時に目を合わせています」
父親の登場にアクリは息を呑みます。
「ただ目を合わせただけなのに、私と彼は意気投合したように思えます。私はフリム侵攻部隊のルートを変更して退路を作り、意図を察した彼が避難民を誘導してくれたのです」
「じゃあライルさんはその…父の味方だったんですね」
「…」
アクリの問いにライルは返答することが出来ません。
「彼とは最後まで言葉を交わしませんでした…最後に彼の命を奪ったのは、私が指揮する無感部隊です」
「むかん?」
「子供の頃から感情を殺すよう育成され、敵が全滅するまで戦い続ける殺戮部隊です。前帝王から直接命令が下されている兵士なので、私には指揮する権限があっても進軍を止める命令は出せません」
「そんな恐ろしい部隊が…」
「その隊は憎断ち戦争によって全滅しました。以後オーガル様とハクア様の意向によって部隊は解体され、再び発足されることはあり得ないでしょう」
「…」
アクリが何を考えているのか黙りこくります。
「当時の私は戦争には悪意と憎悪しかないと、自分の正義を見失っていました。ですが彼の生き様は戦争の中にも正しいと思える選択があることを教えてくれました。彼のことをテオール中将に語っていなければ、オーガル様がクーデターを企てていたことも知り得なかったでしょう」
ライルは当時の記憶を鮮明に思い出せます。
「英雄アーグは私に正しいと思える道を示してくれた大恩人。胸を張って味方だと断言できれば、どれだけ楽だったでしょう」
話しを終えると俯きながらアクリの反応を伺いました。
自分がアーグにとって敵なのか味方なのか、あの戦場で最善を尽くしたと言えるのか、残された遺族が許してくれるのか…全てを決める権利があるのはアクリです。
「お父さんにはたくさんの味方がいてくれたんですね」
ですがアクリは晴れやかな表情でした。
「最後まで一緒に戦ってくれたソエルの人、英雄として像に残してくれたセコイアの人、敵であっても共感してくれたフリムの人…ハルカナ王国を離れても色々な人たちが父を支えてくれていたんですね」
「…」
その言葉はライルの心の蟠りを解くには十分でした。
(帰ったらお母さんにぜんぶ報告しよう)
旅の中で語られたアーグの英雄譚もこれで全てです。アクリは立派に生きた父親の生き様を、早く母親に伝えたくてうずうずしていました。




