第315話 【帝都フリム西の砦】
移動拠点グラタンを静止させた咲楽たちは、テオールが手配してくれた大きな馬車に乗って帝都フリムへ向かいました。到着までの間、オーガルから現状の帝都フリムについてが語られます。
憎断ち戦争による被害は各国それぞれですが、それ以前に帝都フリムはクーデターの影響であらゆるものを立て直す必要がありました。帝王が作った異常な法律、軍の仕組み、理不尽な身分制度、平民や奴隷などの過酷な労働…その他にも問題は山積みです。
ですがフリムの人々に戸惑いはありません。
何故なら悪政を敷いていた帝王は居なくなり、代わりに戦争を終わらせた偉大な英雄が正しい未知へ導いてくれるからです。
新しく定めた法律は国を安定させ、軍隊の規律は改善され、あらゆる身分の人々が平和に暮らす権利を得られました。
最低限の秩序が整ったのが一年後の現在です。
まだまだ復興は途中経過なので、見苦しいものを見せることになると説明されます。それでも帝王が作り出した闇は綺麗に払拭できたことを保証してくれました。
※
帝都フリムにはハルカナ王国のような立派な防壁も、ギルドの街ソエルのような地形を利用した双璧も、多種族の国セコイアような雄大な樹海もありません。
一つの大きな砦を中心に街を発展させ、高さ50mくらいの防壁で囲っているだけでした。他の国に比べると頼りなく思える防衛手段ですが、真に恐ろしいのは壁沿いに配置された魔法兵器です。
火の精霊石から爆炎を放つ戦車、土の精霊石によって大岩を飛ばす投石機、水の精霊石で大洪水を発生させるダム、風の精霊石によって発生する暴風壁。
守りを固めるよりも移動できる兵器を量産して、敵国に進軍することが帝王の目論見でした。その兵器の種類と数は他国とは比べ物になりません。
そんな兵器の残骸たちが、道中の荒れ地には大量に散らばっていました。
西の砦の城壁を抜けると、そこには大きな砦を中心に街が形成されています。しかし、その光景は壁外以上に凄惨なものでした。
(ここが強国と呼ばれた帝都…?)
アクリはカーテンの隙間から見える景色に面食らいます。
住宅地は瓦礫の山となっており、生活の要である魔道具設備は壊れ、祈りを捧げるべき女神像は剥き出しのまま転倒しています。
人々はテントのような仮設住居で暮らし、食事は支援者から炊き出しが振舞われ、民たちは瓦礫の撤去や魔道具の修理などで大忙しでした。復興が進んでいたハルカナやソエルに比べて、フリムは大災害が過ぎ去ったのが最近のことのようです。
「他の国がどうだった知らないが、帝都フリムは全ての戦力を投じて憎食みに挑んだ」
テオールは聞かれる前に語り始めました。
「魔導兵器、無感部隊、陸上戦艦…全ての兵器を出動させ憎食みの殲滅にあたった。最もクーデターによる混乱の影響で、西の砦くらいしか機能しなかったがな」
「やっぱり…救援は断ったのに」
咲楽も外の景色を眺めて表情を曇らせます。
「軍の大将であるオーガル様が前線で戦っている中、何もしないで傍観する軍隊がどこにある。サクラはこの世界の人間をみくびり過ぎだ」
「そんなつもりはないですが…」
「私はあの戦いが戦争の終着点だと予感して指揮をした。帝王が生み出した他国に攻め入るための戦争兵器は、最後に世界平和の役に立ったということだ」
「むぅ」
テオールがそう説得しますが咲楽は複雑な心境でした。
憎食みに手を出さなければ、これだけの被害は出なかったでしょう。さらに犠牲者の数まで想像すると怖くて聞くこともできません。
「西の砦は憎断ち戦争の激戦区であり、ハルカナやソエルからの援助が届かない場所にある」
「それで復興が遅れてるんですね…」
「このまま馬車は西の砦を越えて中央砦へ向かう。そこで英雄一行を迎える準備は整っている」
「西の砦には立ち寄らないんですか?」
「英雄を迎えるには相応しくない不衛生な場所だからな」
「…」
会話が終わると咲楽はしばらく外の景色を眺めました。
「すみません、馬車を止めて下さい」
ですが突然そう指示すると外に出る準備を整えます。
「せっかく通るなら少しくらい復興に貢献しても良いでしょう」




