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第307話 【ハクアの物語①】




 帝都フリムを離れたハクアはひたすら東を目指しました。


「…」


 立ち塞がる魔物は切り伏せ、天候が悪くなれば雨風をしのげる場所を探し、限りある食料で体力を回復します。一年の訓練で生存する術を身に付けたハクアは生半可な障害ではものともしません。


「…」


 代わりに多くの感情を失いました。


 行く先の不安はありません。

 別れの悲しみもありません。

 ただ指示された通りに動くだけです。


 そんなハクアにも残っているものがあります。


(母上…父上…ハクアは生きています)


 母親との再会の約束。

 父親から貰った名前。


 今の彼を突き動かすのは両親の存在です。あらゆる障害を乗り越えてハクアは、ハルカナ王国に隣接する森に隠された小さな孤児院に辿り着きました。





 孤児院で暮らすようになったハクアの生活は平穏なものです。


 まず一日一回は孤児院長のハトから仕事がないか尋ねます。少しでも経営を安定させるよう、この場所から追い出されないよう、役に立てるよう積極的に働きました。


 そして日課である帝都フリムの戦闘訓練を再開させます。特に身体能力を強化させる訓練は騎士であるクロバの目から見ても過剰でしたが、ハクアにとってはそれが日常です。


 唯一の難点はコミュニケーションですが、この環境の中でなら気にならないでしょう。何故なら孤児の一人一人には深い事情があり、誰しもが心に障害を抱えているからです。


 ハクアは未知の環境でもしっかり適応できていました。


「賢い子だよね、ハクアくん」


「このまま孤児院で育ててよいものか」


 孤児院を経営しているハトとクロバは、保護したハクアを不可解に思っていました。他の孤児の子たちに比べて手間はかかりませんが不審に思える点はいくつもあります。


「何か不安に思うことがあるの?」


「ええ…やって来た方角からして、フリムの人間であることは間違いない。使っている剣技にも見覚えがある」


「そんなに遠くから子供が一人で…信じられないわね」


「恐らく無感部隊という兵科に所属していたのでしょう。戦闘の心得があるのも、感情がないのもそれが原因かと」


「相変わらず帝都フリムは非情な国ね」


「感情を持たない故、誰かの指示で動いていることは確実だ。でもこんな森の奥深くでスパイもないでしょうし、明確な目的があるようにも見えない…あの子は例外ですよ」


「使い捨ての駒にされるくらいならって、親御さんの意思で脱走させたんじゃないかしら」


「…既に感情を失われているのに?」


「いいえ、あの子の瞳の光はまだ失われていなかった…きっと希望があるのよ」


「とはいえ素性を明かしてくれないから何とも…」


「ハクアくんが心を開いてくれる日を待ちましょう」


 ハトとクロバは親身になってハクアと向き合ってくれていました。


「…」


 対してハクアの心はまったく動きませんでした。

 あらゆる感情を失っても、本物の家族三人で過ごした六年間は忘れていません。その空いた穴を他人で埋めることが出来ないのでしょう。


 ハクアは誰にも心を許さず、両親と再会できる日を夢見ていました。


 ですが一人で考えなしに帝都フリムへ戻っても、それが無謀であることは幼いながらも理解しています。だからといっていくら知恵を絞っても現実的な案は思いつきません。

 今は力を蓄えながら奇跡のようなチャンスを待つしかありませんでした。




 母親が言っていた“女神様のご加護”という奇跡が訪れるまで、ハクアは何年だって待ち続ける覚悟です。





 帝都フリムを離れて七年後。


 ロベリア王国が滅亡したことで孤児院の住人は増えたり減ったりと目まぐるしく入れ替わりましたが、ハクアにとってはどうでもいい出来事でした。いくら月日が経っても感情は芽生えず心の中は真っ白です。


「ハトさん、怪我をした子供を見つけた!」


 ある日、クロバが新しい子供を保護してきました。

 孤児院なら別に珍しくないことです。


「すぐ治療するね」


「…」


 ハトはすぐ空き部屋を用意して、ハクアは医療道具を準備します。何だかんだ三人での生活が長いので連携はお手の物です。


「あれ?」


 治療に取り掛かろうとしたハトはあることに気付きます。


「ねぇクロバくん、これって…」


「…これはまさか、女神の証か!?」


 怪我を負った少女の手の甲には、この世界の住人なら知らない者はいない女神の証が刻まれていました。証は人の目を惹きつけるような圧倒的な存在感を放っており、見ただけでそれが本物であることが分かります。


「…」


 女神の証を目にしたハクアの心が、七年振りに大きく揺らぎました。

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