第303話 【革命王オーガル➄】
モーナは子供を奪われた日から計画を練り始めました。
感情を失って殺されるくらいなら、国外に逃がして自由を与えてあげることを選択したのです。逃走経路などは軍内部に詳しいオーガルの力を借りれば問題はありません。
ですが大きな問題が三つあります。
一つは国外での生存率です。
急いで六歳の次期に国外の平原へ放り出されても、魔物に襲われたら一巻の終わりです。無感部隊の教育には戦闘訓練も含まれているので、そこで一年だけでも戦う力を学ぶ必要があります。
二つは向かわせるべき場所です。
南のロベリア王国は論外として、西の多種族の国セコイアでも人間が歓迎されるとは思えません。それならば必然的に東のハルカナ王国になります。
三つはこれが帝王に対する反逆行為であることです。
捨て駒だとしても帝王の息子が失踪すれば大問題となり、実行犯は確実に死罪となるでしょう。オーガルの手によって完璧に証拠隠滅できたとしても、罪に問われるのは子を管理している母親になります。
訓練を受けても感情が残っているかは運次第。
ハルカナ王国で生存できるかも運次第。
確実なのはモーナに命はないことだけです。
この提案にオーガルは否定も肯定もしませんでした。
本来ならこんな無茶苦茶な作戦は考察にも値しませんが、それだけ無茶な行動に出なければ我が子を救う手はないということです。
(我はただモーナの指示通りに動くだけか)
オーガルは生まれて初めて自分を無力と卑下しました。
※
作戦決行日の夜。
オーガルは自慢の身体能力を駆使して警備網を抜け、モーナの子を砦の外に連れ出すことに成功しました。残念ながらモーナの能力では足手まといになるだけなので見送りには来れません。
(脱出には成功…だが)
今年で七歳になる、変わり果てたモーナの子の様子を確認します。
「…」
感情を殺す訓練を受けた瞳は光を失い、ただ指示された通りに動くだけの人形になっていました。とても心が残っているようには見えません。
(やはり失策だったか)
ですがオーガルは計画通りに動くだけです。
「これより作戦を伝える」
「…」
「まず東の大地を進み、ハルカナ王国に隣接する森を目指せ。なるべく戦場から遠く離れた集落に身を潜めろ」
「…」
「これまでの過去は全て捨て、今後はその場所で生き続けろ」
「わかりました」
モーナの子は無感情に返事をします。
不安がることも、悲しむことも、寂しがることもありません。
「これで永遠のお別れだ…行け」
オーガルは夢も希望も残されていないモーナの子を送り出しました。今まで散々振り回されてきましたが、これで三人の物語はおしまいです。
「母上は…こう仰っていました」
その時、モーナの子は言いました。
「女神様のご加護がいつか家族三人を引き合わせてくれると…再会を約束しました」
「…」
「母上の言葉も、捨てる必要があるのでしょうか?」
教育を終えた無感部隊の構成員ならば、そんな私情は口に出しません。モーナが残そうとしたものは完全に消えていなかったのです。
「訂正する」
この僅かな可能性をオーガルは信じます。
「これより自らの名前を“ハクア”と名乗れ」
「ハクア…」
「帝都フリムでの人生は捨てろ。だが母と交わした約束と、父から貰った名前は決して忘れるな」
「…はい」
こうしてモーナとオーガルの子供、ハクアは一人で東の地へ旅立つのでした。
※
その後、モーナは公開処刑されました。
長女を失ったハクレシア家は事後処理に追われ、最終的に七大貴族の称号を剥奪されました。それでも数々の実績とオーガルの計らいで没落は免れています。
送り出したハクアについてですが、もうオーガルにとっては過去のものになっています。奇跡的に生存していても再会することは永遠にあり得ないと断定していました。
(もう…子供のままではいられない)
この出来事がきっかけでオーガルはようやく天才児から、一人前の大人へと成長することができました。
(まず変わらなければならないのは自分自身だ)
変化を拒むという幼稚な思考を除去して、あらゆる変化に対応できるよう身も心も鍛え直しました。軍人として、貴族として、父親として、人の上に立つ者として己の成すべきことを見据えます。
(次に正すべきは、帝都を支配する無能な指導者だ)
彼がクーデターを企て始めたのは23歳の頃からです。
帝王に対して従順に振舞いながら、ロベリア王国を滅ぼした実績によって軍の全権を任されるようになりました。優秀な人材を育成して同志を募り、四つある砦の一つを反乱拠点として支配。地位は失っても人望のあるハクレシア家の伯爵もオーガルに協力的で、帝王を倒すためならと全面協力してくれます。
何年もかけて用意周到に帝都フリムを乗っ取る準備を進めてきました。
間もなくクーデターが実行される頃。
「父上、お久しぶりです」
女神の使者が成長したハクアを連れて現れたのは、そんな時期でした。




