第301話 【革命王オーガル➂】
次の帝王を選定する時期が始まると娘たちは身ごもるために、約一年間を帝王の王宮で暮らすことになります。その後は屋敷に帰され生まれた子供が六歳になるまで放置です。
帝王には愛情も親心もありません。
必要なのは自分の意思を託せる器だけです。
この時期になると軍の内部は大盛り上がりとなります。
「次の帝王、どの貴族が選ばれると思う?」
「そりゃハクレシア家だろう!」
「あそこの司令官はみんな有能だからな」
「帝王が第一夫人に選んだから、期待されてるのだろう」
「だがレーデル家やベテム家も捨てたもんじゃない」
「つっても生まれてくる子供の素質なんて運だろ」
「何かの間違いで優しい帝王が生まれないかな」
「無駄無駄。仮に生まれても六歳から英才教育が始まって、身も心も帝王好みに調教されるだろ」
「有能な王になることを祈ろう…今と違ってな」
「馬鹿、口が過ぎるぞ」
そして下々の民が暮らす城下町の様子も似たようなものです。
「ついに始まったな、選定の日」
「四十のおっさんが若き妻を七人も持てるなんて、帝王様はやりたい放題だな」
「そんなの今に始まったことじゃないだろ」
「どの道、俺たちには関係のないこと」
「それよりいつになったら戦争は終わるのだろう…」
「ロベリア王国を滅ぼすまでじゃないか?」
「それで終わればいいのだが…」
「帝王のお考えになることなんて、誰一人だって理解できないよ」
そのような調子で身分の低い民たちは好き勝手に盛り上がっていました。しかし、中央都市で暮らす上流貴族たちは正反対です。
「ついにこの日が来てしまったか…」
「娘たちは大丈夫だろうか…」
「いや…無事に済むわけがない」
「先代に迎えられた七人の娘たち…帰ってきた四人は抜け殻のように変わり果て、三人は何も話さず自殺したのだぞ」
「帝王と過ごす一年の間に何が起きているのか…」
「何でも出産まで帝王一人の手で行われるらしい」
「真っ当な扱いは受けてないだろう」
「七大貴族ともてはやされても、その実は帝王の奴隷だ」
「だが娘を一人生贄に捧げれば安寧が保たれるのだ」
「すまない…我が愛しの娘よ」
特に七大貴族はまるでお通夜ムードでした。
下々の民は帝王に嫁がせた娘がどんな末路を辿るのかを知りません。隣に住んでいるオーガルですら、貴族たちの噂話に聞き耳を立てなければ知り得なかった情報です。
(騒がしいことだ)
ですがオーガルは何とも思いません。帝王が仕向けた政策や制度の異常性など、幼い頃から何度も目の当たりにしてきたので今更です。
周囲がどう変化しても自分だけは変わることを拒み続け、帝王の選定だろうが、軍隊が成長しようが、戦況が急変しようが関係ありません。
ただ自分の生き方を貫くだけです。
(…モーナが帰ってくるのは一年後か)
ただどうしても気になってしまうのがモーナのことでした。
彼女の身を心配している訳ではなく、帝王の元に嫁がれたことに対する不満もありません。ただ私生活に溶け込んでいたモーナがどのように変化してしまうのかが気掛かりなだけです。
※
モーナが送り出されて一年後。
十六歳となり成人したオーガルの活躍は勢いを増し、軍全体の士気と戦力は格段に成長しました。新戦力と共にロベリア王国へ進軍する準備が着々と進められています。
「…」
オーガルは窓の外から見えるハクレシア邸を一瞥しました。
モーナが帰ってくる日を指折り数えて待ち続けていたので、本日から屋敷での暮らしに戻っていることを知っています。ですが彼女は前のように窓から侵入することはありません。
「ふん…」
だからといって自分から彼女の元に足を運ぶ気はありませんでした。そんなことをする自分に変化することを拒みます。
次の日。
また次の日。
モーナは一向に姿を現しません。
そんなある日、屋敷から来客を報せるベルが鳴りました。
「オーガル君…」
訪れたのハクレシア家の伯爵、モーナの父親です。
「実は君に相談したいことがある」
「来週から行われる東と北の合同訓練についてでしょうか?」
ハクレシア家の伯爵は軍事訓練だけでなく侵攻作戦にも深く関わっています。隣人であるオーガルとは何度も二人だけで話し合い、画期的な作戦をいくつも考案してきました。
そしてモーナのやんちゃな振る舞いに頭を悩ませる者同士です。
「いや…今回は違う」
伯爵は思い詰めた表情で続けます。
「多忙の身であることは重々承知なのだが、どうかモーナに会ってあげてくれないか」
「どういうことでしょう?」
「私では無力だ…でも君なら、あの子の心を支えてやれるはずだ」
「…」
オーガルに断る理由はありません。