第300話 【革命王オーガル②】
ハクレシア家は由緒正しき指揮官の家系です。
六歳から始まる軍事訓練では一人の隊長を加えた小隊で活動を共にするのですが、ハクレシア家から排出された指揮官は数々の成果を残してきました。子供の生存率はほぼ100%、さらにフリム軍で将校まで昇格した軍人の大半はハクレシアの指導があってこその結果でした。
実績によって階級を上げ続けたハクレシア家は“七大貴族”と呼ばれる上流貴族になるまで出世しました。
長女であるモーナ・フォン・ハクレシアも将来を期待されていましたが、女子供であっても例外なく六歳になると命がけの軍事訓練を受けさせられます。そしてオーガルとはかつて同じ小隊で戦場を駆け回った仲でした。
「…何の要件だ、モーナ」
「三年振りの再会なのに相変わらず素っ気ないわね、オーガル」
オーガルは基本的に屋敷の自室で勉学に励んでいるのですが、モーナはいつも窓の外から強引に侵入してくるのです。
「最初に出会ったのは貴方が六歳で私が七歳の頃。同じ隊に所属した矢先にロベリア王国との衝突があって、一緒に激しい戦場を生き抜いた仲じゃない」
「短い期間だったがな」
「同じ隊に所属してたったの四年、貴方一人で勝手に出世するんだもの!」
「我は軍の総意に従ったまで」
「しかも貴族の階級も上げて、このハクレシア家の隣に屋敷を構えるなんて大したものよ。流石は私の相棒ねっ」
「…」
モーナが再会を心から喜んでいるのに対して、オーガルは何とも思っていません。二人は出会った時からずっと温度差がありました。
「それよりオーガルは相変わらず軍に従順なの?」
「どういう意味だ」
「一緒の小隊に所属していた時、上官が言ってたじゃない。“この国の方針は間違っている”って」
「あの死罪になった軍人か…それで?」
「その時、貴方と同調した気がするんだけど」
「…」
「子供が戦争をするなんてどう考えても間違ってる」
モーナもオーガルと同様、帝都フリムの非人道的なシステムに疑問を抱いていました。ですがそんな言葉を口にすれば問答無用で反逆罪に問われてしまうでしょう。
「共感はしたが、同調する気はない」
オーガルは至って冷静に返します。
「まさか帝王に叛逆でもするつもりか?」
「将来的に私がそんなことをしても帝王は痛くも痒くもないでしょうね。実力、物資、人望…私には足りないものが多すぎる」
「己の無力を理解しているじゃないか」
「でもオーガルは違うでしょう!貴方の名前を知らない人は帝都フリムにも、国外にもいないほどよ」
「…」
前述しましたがオーガルは天才です。
十四歳になった今ではフリム軍の戦力の要。戦場では“フリムのオーガルがいる戦争は負ける”が常識になっているほど、その名を世界中に轟かせていました。
「帝王の信頼も厚いから、帝国軍の全権を任されるのも時間の問題。そうなればクーデターを起こして国を変えることだって不可能じゃないはずよ」
「興味がない」
勢いよく捲し立てるモーナの前でもオーガルは淡々としています。
「我は現状に満足している。貴様も七大貴族として裕福な暮らしを謳歌しているのに、なぜ叛逆を企てようとする?」
「…下級貴族から成り上がったオーガルは知らないでしょうね」
するとモーナは急に大人しくなり、窓の外を眺めます。
「七大貴族なんて帝王が選別した直属の人柱…待っているのは理不尽な未来だけ」
「…」
平民から見れば七大貴族は誰もが羨む富裕層です。
安全な中央都市の広大な敷地に屋敷を構え、食べ物に困ることもなければ、欲しい物はほぼ何でも手に入ります。六歳から始まる軍事訓練も特別待遇で、戦場に駆り出されることは稀なので命の危険もありません。
唯一逆らえないのは帝王からの命令くらいでしょう。
「でも今はオーガルが隣に居てくれる」
そう話すモーナは明るい笑顔を取り戻しました。
「貴方のいない戦場はずっと不安で、すごく寂しかった…でもこれからはずっとお隣さんよ。そう思えば辛いことがあっても乗り越えていけそう」
「…」
「だから叛逆の話は忘れていいから」
「その方が賢明だな」
当時のオーガルが何よりも拒み続けていたのは変化です。
空いた時間で知識を蓄え、訓練で実力を磨き、必要とされる戦場では苦労することなく勝利を挙げる…悠々自適な今の暮らしに変化を求めてはいません。
そんな静かな日常を騒ぎ立て、叛逆を企てるモーナは邪魔者でしかありません。帝国に報せれば今すぐにでも排除できますがオーガルはそうしませんでした。
(最初は煩わしく思っていたが…人とは慣れる生き物なのだな)
オーガルの日常はいつの間にか、モーナと二人きりで過ごすことが当たり前になっていました。期間が空いてしまっても両親より共に過ごした時間の長い幼馴染です。
この生活が永遠に続けばいい…それがオーガルにとっての一番でした。
ですがオーガルは間もなく七大貴族の闇を知ることになりました。
※
歴代の帝王は四十の歳になると後継者を作り始めます。
七大貴族から生まれる娘を妻として迎え、帝王の血を引いた七人の子供を産ませるのです。その中から最も優秀な素質のある子供を後継者の座に着かせます。
もちろん七大貴族に拒否権はありません。娘たちは名家に生まれた者として、有無を言わさず身も心も帝王に捧げることになります。
ハクレシア家の長女であるモーナは、十六歳になると帝王の第一夫人として迎えられました。




