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第28話 【帰宅とトランプ】




 孤児院に帰ってきたクロバは、違和感に気付きます。


「…?」


 いつもの活気のない静まり返った孤児院のはずですが、何やら食堂の方が騒がしいのです。クロバは不思議に思いながら食堂へと足を運びました。


「ぐ……!」

「リットくん、その反応は何かな?」

「分かりやす過ぎだ…」

「あ、また私が一番で上がり!」

「それではハツメちゃんに飴をプレゼントしましょう」

「やった!甘いの好き~!」


「………」


 見慣れない光景に困惑するクロバ。

 孤児院の子供たちが一緒になって楽しそうに遊んでいたのです。ここ一年でこんなに楽しそうにしている子供たちを見るのは初めてでした。


「あ、クロバくんおかえり」


 クロバの帰宅に気付いたハトが迎えてくれます。


「ああ……ただいま」


「サクラちゃん、クロバくんが帰ってきたよ~」


「…!」


 楽しそうに遊んでいる子供たちの輪の中に、懐かしき少女の背中があることにクロバは気付きます。ハトの声で少女は振り返り、帰ってきたクロバを見て嬉しそうに微笑みました。


「あ、クロバさんだ。おかえりなさーい」


「………ああ、()()()()。サクラ」


 クロバは咲楽を待ち構えるつもりで孤児院に帰ってきましたが、まさが逆に待ち構えられていたとは思いもしませんでした。





 咲楽はハトにした説明と同じ内容を、掻い摘んでクロバに伝えました。


「なるほど…サクラが異世界を行き来したことで、歴史に乱れが生じたと」


 納得したように頷くクロバ。

 咲楽が考えた言い訳は、事情を知らないプレザント人が聞けば納得するぐらいの説得力があります。それだけ女神様が起こす事象は解明されていないのです。


「それで今回は遊びにきたのか…またこの世界に新たな脅威が沸いたわけではないんだね」


 クスタから聞いた仮説が外れクロバは安堵します。もしクスタの仮説通り憎食みを退治するため咲楽がこの世界に戻って来たのなら、只ならぬ事態でした。


「…もしかして私って、現れることが不幸の前触れだったりします?ハトさんにも言われたのですが」


 わざとらしく表情を曇らせる咲楽。


「そ、そんなことはないぞ!」


「そうだよ!むしろ幸福の象徴だよ!」


 クロバとハトは慌てて弁解します。

 しかし、実際に憎食みが沸いているので咲楽の心境は複雑でした。


「そうだサクラ、話したいことがあるんだけど…」


「私もクロバさんに聞きたいことがあるのですが…」


 クロバと咲楽には積もる話が山のようにありました。ですが子供たちは遊んでいたゲームを続行させたいのでしょう、咲楽が戻ってくるのを待っています。


「…後にしましょうか」


「…そうだな」


 咲楽の意見にクロバも同意。

 今はこの楽しい時間を大事にすることにしました。


「それで、その札みたいな物がサクラが持ってきたチキュウの道具か?」


「はい!これは地球の伝統的な玩具、トランプです」


 咲楽は予備で持ってきたトランプをクロバに渡します。

 トランプとは咲楽が暮らす国なら誰もが知る、53種類の絵柄が描かれたカードゲームです。


「遊び方はいろいろありますが、中でもババ抜きは簡単なのでオススメです」


 先ほどまで咲楽と子供たちが遊んでいたババ抜きは、絵柄を揃えてカードを捨てるだけのシンプルな遊びです。言語が違う異世界人でもすぐ遊べるようになりました。


「この素材は紙じゃないな。それにこの絵、印刷にしても綺麗すぎる…」


「本当にどうやって作ってるんだろう?」


 クロバとハトはトランプの作りに注目します。

 咲楽が用意したトランプは安物ではありません。しっかり防水加工がされた一級品で、絵柄はプレザント人でも分かりやすいようお洒落な動物の絵が描かれていました。


「二つ持ってきているので、一つは孤児院に置いておきますね」


「こんな貴重そうな物、貰っていいの?」


「大丈夫です。ハルカナの通貨ですと500Gくらいで買えますので」


「…安すぎない?」


 ハトから見れば、このトランプがそんな安物には見えませんでした。

 プレザントは各国々で使われる通貨に違いがありますが、単位は地球の通貨とほぼ同じです。トランプの値段は地球では500円なので、ハルカナ王国の貨幣で換算すると500Gとなります。


「これだけ手が込んでるんだ、希少な代物じゃないのか?」


 トランプの値段を聞いて不可解に思うクロバ。


「いえ、私の世界では様々な種類のトランプが毎日何千個以上も量産されています。いくらでも用意できますよ」


「…そこまで遊ぶことに特化してるのか?サクラの世界は」


「特化?そうでもないと思うのですが…」


 咲楽にとってトランプは、子供の頃から身近にある安い遊具です。しかし、遊ぶことに疎いプレザント人にとって咲楽の持ってきたトランプは不思議だらけでした。


「技術も考え方も、まるで違うんだね」


「未知の文化だ…」


 ハトとクロバは、なんてことのない庶民の遊び道具に文化の差を感じました。


「そうだ。クロバさんが帰ってきましたし、そろそろ今晩の献立を決めましょう」


 そんな二人を余所に呑気な提案を出す咲楽。


「食事か…そういえば今日は何も食べてなかったな」


 クロバは自分が空腹であることに気付きます。

 ハルカナ王国に向かってから咲楽に関する情報収集などに時間を費やし、まともに食事をとる暇がなかったのです。


「サクラちゃんの料理はものすごく美味しいんだよ~」


「ほう…それは期待できるな」


 既に咲楽の料理で胃袋を掴まれたハトがハードルを上げ、クロバも遊ぶことを追求した世界の料理がどれほどの物なのか期待が高鳴ります。


「期待に答えられるよう、とびっきり美味しい料理を作りますね!」


 咲楽は気合を入れて立ち上がりました。

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