第279話 【友情のスカーフ】
演奏会の次の日。
アクリとハナニナは再び英雄像の前に集まっていましたが、今回は二人だけではありません。
「この人が英雄キユハさんだよ」
父親の最後を見届けた当事者の一人であるキユハが来てくれました。
世界を救った英雄の中で最も多くの憎食みを退治して与えられた“女神の子”という二つ名は、四獣士や巫女よりも特別な権威を放っています。
「…」
質問したいことはいくらでもあるのに、ハナニナはいざ対峙しても言葉が出てきません。
「省略、大体のことは察してるから手短に話すぞ」
キユハはアクリにした話の続き、フレアードとのやり取りを語り始めます。
………
……
…
「そんな会話をしてから、僕とサクラは奴の背中を押した…結論、以上」
キユハは当事者ではありますが、咲楽の意思とフレアードの覚悟を正確に読み取れたわけではありません。なのでありのままに起きたことを断片的に伝えました。
「別に恨んでくれても構わないけど、誰を恨むんだ?」
「え…?」
「奴を追い詰めたセコイアの環境、背中を押した僕とサクラ、直接的に命を奪った憎食み、全ての元凶であるフリムの帝王…それともすべてか?」
「…」
ハナニナは今の自分の気持ちを整理します。
「誰も…憎まない」
そしてすぐ結論を出しました。
「どうして世界が憎しみに苦しめられてたのか…分かった。誰かを憎んで争っても終わりなんて見つからない」
最初の頃のハナニナは憎しみの呪縛に囚われていました。
大好きな父親を戦争で失い、周囲は誰も理解してくれず、行き場のない負の感情を英雄に向けることしか出来ませんでした。
「ニナは前に進む…父の願いを叶える」
ですが今のハナニナは暗い過去ではなく、明るい未来を見据えています。
「よかったぁ」
その回答を聞いて心底安堵するアクリ。
散々迷いながらの行動でしたが、見事にハナニナの負の感情を浄化することに成功しました。
「これで心置きなく旅を続けられるよ~」
演奏会を終えて国おこしは大成功。
ハナニナももう心配はいりません。
これで咲楽たちは多種族の国セコイアでやるべきことを全て果たし終えました。後の音楽文化の発展は、アクアベールとその仲間たちに託せば安心です。
「…もう出発なんだっけ」
ハナニナはあからさまに寂しそうな様子でした。
「その前に、ニナにプレゼントがあるんだ」
「ぷれぜんと?」
「はい、これ」
そう言ってアクリは綺麗な白い布をハナニナに差し出しました。
「白いスカーフ…?」
「しかも女神の使者のサインが入った特別性だよ」
「でも…ニナは黄色だから」
白い布は憎しみを宿していない人にしか身に付けることが許されないと、セコイアではそう決められていました。
「判定、無問題」
そこでキユハが口を挟みます。
「お前からは憎しみの気配が感じられない」
「…!」
「この“女神の子”と呼ばれる僕がそう断言したんだ。他の誰が何と言おうとも気にする必要、皆無」
伝説の英雄から直々に白布判定を貰ったハナニナ。
「ということで、はい」
アクリはお構いなしにハナニナの黄色い布を外して新しい白い布を巻きました。巫女が手掛けたお洒落な刺繍に、咲楽の直筆サインが映えます。
「これは憎しみがどうこうじゃなくて…私との友達の証だよ」
「ともだち…」
「またセコイアへ遊びに来るから、その時はまたここで会おう」
「……うん!」
ハナニナは初めて満開の笑顔を咲かせてくれました。
(この空気…既視感、羞恥)
そしてキユハは似たようなやり取りを咲楽とした覚えがあるので、やや照れくさそうにこの場を後にするのでした。




