第264話 【お留守番】
咲楽たちが地球に転移して屋敷に取り残されたキユハ、ルルメメ、葵の三人。
「キユハちゃん、ちょっと屋敷の中を探検してきていいかな?」
さっそく葵は別行動を提案しました。
「ん…外出はダメだぞ」
「はーい」
屋敷の中ならばとキユハは葵の自由行動を許します。
「くんくん…」
そしてルルメメは葵とつつじが置いていった荷物の匂いを嗅ぐのに夢中です。きっと匂いで様々な情報を得ているのでしょうが、キユハにはまったく理解できない感覚でした。
(いい感じに、静寂)
騒がしいよりも静かな方が落ち着くキユハは、荷物の中から地球の辞書を取り出して寝転びながら読書に励みました。
………
……
…
このような感じで、待機組メンバーの物語は静かに始まります。
※
広間に穏やかな時間が流れてしばらく。
「失礼します」
入口の襖からウィングリングが現れました。
「貴女は…キユハ殿か?」
そしてすぐ英雄キユハの存在に気付きます。
「…サクラなら不在だぞ」
寝転んだまま適当に応対するキユハ。
「サクラ殿はどちらに?」
「あっちの世界、チキュウ」
「…そ、そうですか」
「たぶん明日には帰ってくるだろ」
「それではこちらに報告書を置いていきますので、サクラ殿が戻ったらお伝えください」
ウィングリングは部屋の隅にある机に紙束を置きますが、キユハは特に興味がないので見向きもしません。
「あ、お客さんですか」
すると屋敷の探索をしていた葵が戻ってきました。
「こちらの少女は?」
「異邦人、サクラの世界から来たアオイだ」
「まさか二人目の女神の使者…?」
「証はないけど女神に認められてこっちに来てるはず」
「なるほど…承知しました」
キユハにそう説明され、ウィングリングは丁寧な物腰で葵と向き合います。
「ウィングリングと申します。ここでの生活で困ったことがありましたら、我ら四獣士に相談してください」
「はい、ありがとうございます」
葵は礼儀正しく頭を下げました。
「ところでサクラ殿は何をしに向こうの世界へ?」
「面白そうなイベントを計画してて、その準備に向かっています」
ウィングリングの質問には葵が応えます。
「どうやら事が大きく進んでいるようですね。巫女様とエトワール様にも報告が必要か……それでは失礼します」
ここでの目的を果たし終えたウィングリングは、慌ただしく部屋を後にしました。
「…キユハちゃん」
「ん?」
「もしかして咲楽ちゃんってすごい事しようとしてる?」
最初はちょっとした演奏会でもやるのだろうと葵は軽く考えていました。しかし国の重役が関わっていることを知り、事の大きさに気付き始めます。
「普段、通常…いつものことだ」
ですがキユハは平然としていました。
ずっと咲楽と旅を共にしてきた者にとって、もはや大事こそが平常なのでしょう。
※
ウィングリングの来客があった後は何事もなく時が進みます。キユハは読書と昼寝を繰り返し、ルルメメは地球の匂いを嗅ぎ、葵は二階の窓から見える異世界の景色を飽きることなく眺め続けていました。
「ただいま戻りました」
日が沈んできた頃合いで、アクリが帰って来ます。
「あ、キユハさん。やっぱり来てたんだ」
「ん」
キユハは体を起こして読書を中断します。
「疑問、外で何してたんだ?」
「ハナニナって人と会ってました」
「…どこかで聞いた名だな」
「フレアードという人の娘さんだよ」
「………ああ、なるほど」
その名前を聞いてキユハも過去の出来事を思い出したようです。ナキと同様、咲楽とフレアードの間で何があったのか全て知っているのでしょう。
「サクラの依頼ってそれのことか」
「仲良くなろうと頑張ってますっ」
「ふーん…首尾は?」
「えっと~」
アクリは今日の出来事をキユハに話し始めました。




