第239話 【アクリの探検➂】
森の中を進むアクリたちの前に魔物が現れました。
「グウウ…!」
現れた魔物はワニのような爬虫類の特徴を持つ大きな魔物です。その魔物は大きな口から牙を覗かせ、明らかにアクリたちに敵意を向けています。
「追い返すよ、アクリちゃん」
「はいっ」
アクアベールは精霊石の杖を取り出し、アクリは背負っていた短剣を抜きました。
※
魔物は苦戦することなく追い払うことができました。
「アクリちゃん、なかなか凄腕ね~」
戦闘を終えたアクアベールは周囲を警戒しつつアクリを褒めます。
「私もいろいろな人間を見てきたけど、その若さでよく鍛えられてるわ」
「そ、そうですかね」
「流石はサクラちゃんが見込んだ子ね」
「…ありがとうございます」
四獣士の一人に実力が認められ、アクリは少しですが自分に自信が持てました。
「それにしても…この森には狂暴な魔物が生息しているんですね」
「あの魔物はリバーリザードっていって川を綺麗にする魔物なんだけど、最近は気が立って狂暴になってるの」
「こんな危険な森の中で眠っているなんて、英雄のルルメメ様は大丈夫なんですか?」
アクリはこれから会う英雄の安否が心配になりました。
「うふふ、大丈夫大丈夫。ルルメメ様はこの森の生態系の頂点だから、襲おうとする生き物なんていないわよ」
ですがアクアベールは迷わずそう答えます。
(そんなにすごい人…いや、生き物なんだ)
アクリはハルカナ王国で学んだルルメメの情報を思い出します。
(英雄ルルメメはプレザントで最初に誕生したとされる唯一無二の種族“聖獣”で、あらゆる種族の頂点に立つ存在。英雄として付いた二つ名は“始まりの聖獣”)
ルルメメという生き物は英雄と呼ばれる前から伝説となっている神話の中の生物でした。そんな英雄と急に会うことになったので、アクリはどう向き合えばいいか悩んでしまいます。
「あの…アクアベールさん」
「はいはい?」
「ルルメメ様と会う際、気を付けた方がいいことってあります?」
「大丈夫よ、ルルメメ様は温和な獣だから」
「そうなんですか…?」
エトワールといい巫女といい、偉い立場の人が揃って温厚なのでアクリはまた肩透かしを食らった気分になります。
「規則や礼儀を気にするのはいつだって人間だけだもの。聖獣や女神の使者も、もしかしたら女神様だって気にしてないと私は思ってるの」
「…なるほど」
信心深い国で生まれたにも関わらず独特な価値基準を持つアクアベール。アクリはどうして前の旅で彼女と咲楽が仲良くなれたのか、その理由がなんとなく分かりました。
※
襲い掛かる魔物と戦いながら、森の中を進むアクリとアクアベール。
「こうして二人で森を歩いてると昔を思い出すわ~」
先頭を進むアクアベールが唐突に過去話を語り始めました。
「サクラちゃんと初めて会った時も、こうして森の奥をお散歩したんだ」
「この危険な森にですか?」
「実はサクラちゃんが森で迷子になってね、国中が大騒ぎになったのよ」
「…そんな失敗もするんだ、サクラお姉ちゃん」
それは今の咲楽しか知らないアクリには想像もできない事件です。
「アクアベールさんがサクラお姉ちゃんを見つけてくれたんですね」
「ええ…その時サクラちゃんは、私に歌を教えてくれたの」
「うた?」
「アクリちゃんは、歌を知らないの?」
「えっと…魔法詠唱の用語で少し見たことがあるくらいです」
「あ~やっぱりそういう認識なのね」
アクリの反応を見て、何やら意味深なことを呟くアクアベール。
実は咲楽の世界にある“歌”と異世界プレザントにある“歌”は、意味も文化もまったくの別物です。なのでアクリにとって歌というものはまったく馴染みのない概念なのです。
「確かに魔法の詠唱に似てるんだけど、サクラちゃんの世界では魔力じゃなくて気持ちを込めて歌うの」
「気持ちを込めて…?」
「試しに歌ってみましょう。もしかしたらルルメメ様の耳に届くかもしれないから」
アクアベールは急に立ち止まり、胸に手を当て歌を始めます。
「ふんふーふっふっふ~♪」
「…」
初めて歌を聴いてアクリは不思議な感覚に包まれます。
人魚ということもありアクアベールは美しい歌声を森に響かせていますが、不思議に思ったのはその音色です。初めて歌を聴く自分を楽しませようという彼女の心中が伝わってくるようでした。
「さぁ、アクリちゃんも輪唱してみて」
「えっ」
「ふんふーふっふっふ~♪」
「……ふ、ふんふー」
慌ててアクアベールの歌に合わせようとするアクリですが、緊張と恥ずかしさで控えめな歌になってしまいます。
「ふんふーふっふっふ~♪」
「…ふっふっふー」
「ふーんふ…んん♪」
「ふーんふ…んん」
それでもアクアベールの屈託のない歌に釣られて、アクリも少しずつ歌に感情を込めるようになります。
…ゴゴゴ
その時、何処からか地響きが鳴りました。




