第235話 【巫女との面会①】
咲楽たちは神社の拝殿を通過して階段を登り、ついに本殿の前に着きました。
「少々お待ちください」
まず先にウィングリングが本殿の中に入ります。
巫女に女神の使者が訪れたことを伝えに行ったのでしょう。
(いよいよだ…失礼がないようにしないと)
慌てて身だしなみを整えるアクリ。
前よりは緊張しなくなったと言っても、いざ偉い人と対面するとなると胸の鼓動は高鳴ります。
「どうぞお入りください」
しばらくしてウィングリングが咲楽たちを中に招き入れてくれました。
本殿の中は幣殿のようなお供え物が並んでおり、その奥に一人の女性が腰を下ろしています。その女性はハイエルフであるエトワールと同じ、碧髪金眼の美しい女性でした。
(すごい風格…まるで女神様みたい)
その神々しい佇まいにアクリの足は固まります。
「失礼します」
最初に前へ出たのは咲楽です。
咲楽に続いてアクリ、ナキ、エトワールは少し離れた位置で腰を下ろしました。
「…よくぞ参られた、女神が使わせし人間よ」
巫女は尊大な言葉遣いで、女神の使者一行を見下します。
「お久しぶりです、巫女様。私のことは覚えておいででしょうか?」
対して女神の使者である咲楽は礼儀正しく返しました。
「すべて思い出しているぞ…女神の使者に選ばれた少女サクラよ」
「よかった、ちゃんと思い出してくれたのですね」
「ああ…つい最近までサクラのことを忘れていたなんて、今でも信じられない。逆に問いたいのだが、サクラは私のことを覚えているのか?」
「はい、私は何も忘れたりしてませんよ」
それを聞いて巫女はホッとしたような息を溢します。
「じゃあ…あの約束も覚えているか?」
すると巫女は何かを期待するような目を咲楽に向けます。
「覚えていますよ。ちゃんと用意して来ました」
咲楽は背負っていた鞄から紙袋を取り出し、巫女の前の神棚に奉納しました。もちろんそれが何なのかアクリを含め誰にも分かりません。
「どうかお納めください」
「うむ…大義であるぞ」
巫女は立ち上がりお供えされた紙袋を手に取りました。
そのやりとりを傍から見れば、二人が女神様に関する重要なやり取りをしているだと察せられます。
「…」
「…」
アクリとウィングリングはただ静かに二人の動向を見守ります。
「これが約束の品か…」
巫女が紙袋から取り出したのは一冊の本でした。
「…」
しばらく本の内容を確認した巫女の表情が、みるみると緩んでいくのが分かります。
「すごい…これはすごいぞ、サクラ!」
そして巫女は喜びの感情をあらわにしました。
「それはファッション誌といって、私の世界の衣服が取り上げられた本です」
「なるほど…これが異世界の衣服か、興味深い」
「巫女様は今でも服を作るのが好きなんですね」
「ああ、私にはこれしか生きる楽しみがないからな」
「大袈裟ですよ~」
先ほどまで荘厳としたやりとりをしていたのに、今の二人はまるで最近の流行を楽し気に語り合う女の子のようです。
「ええっと…」
急な展開にアクリは戸惑いの声を漏らしていました。
「なんだ、巫女ってこんなのなのか」
ナキも拍子抜けといった様子です。
「…」
そしてウィングリングは愕然としていました。
※
「巫女を務めるエルメールさんはすごく真面目な人物だと世間では広まっていますが、見ての通り正体はとてもほんわかした人です」
咲楽は改めて巫女のことを、初見であるアクリとナキに紹介します。
「ふーん…二人目のハイエルフだから、昔のエトワールみたいにもっと偉そうで愚かな奴だと思っていたぞ」
「…」
ナキは無意識に隣にいるエトワールを刺すワードを口にしていますが、エトワールは何も言い返せません。
「私も最初はエトワールのように、真面目で自負心の強いハイエルフだった…」
巫女は咲楽が持ってきたファッション誌を捲りながら話を始めました。
「だが真面目でいられたのは500年が限界。いくら世界のためにと直向きに努力を続けても、平和の実現は無理難題。そんなことよりも私は様々な異種族に似合う服を発案する方が楽しくてな」
「容姿がそれぞれな異種族に似合う衣服を考えている内に、その楽しさに目覚めたんですよね」
咲楽がそう言うと、巫女は気の抜けた笑みを浮かべながら頷きます。
「新しい服の設計や装飾を考えるのは楽しいものだ。サクラは元の世界に帰還することができたら、異世界の衣服が記載された本を持ってきてくれると約束してくれたんだ」
「お気に召してくれましたか?」
「うむ、異界の衣装は実に興味深い。創作意欲が湧き上がってくるぞ~!」
ファッション誌を手にして喜ぶ巫女の姿はまるで、新しい玩具を手に入れた子供のようです。
(…長を務める人って、みんな陽気だなぁ)
ハルカナの国王。
ソエルの総長。
セコイアの巫女。
各国で様々な重鎮に会ってきたアクリですが、その誰しもが想像していた人柄と違ってとても親しみやすい性格をしていました。




