第232話 【卑屈な英雄①】
英雄エトワールの実力と実績は、大昔から各国にも伝わっています。
数百年も前からセコイアの森を守り続けるエルフ。その上位種であり女神様から特別な加護を受けた最強の種族であるハイエルフ。
中でもエトワールは、よく戦場で姿を現す行動的なハイエルフでした。
ハルカナ王国では戦場でエトワールを見つけたら、逃げることが相場で決まっているほどです。帝都フリムの精鋭ですら、彼女の目がある内はセコイアの森に手出しできません。
だからこそエトワールに“世界の監視者”という二つ名が付けられました。英雄の存在そのものが、一種の抑止力にもなっているのです。
※
そんな偉大な英雄との対面に、アクリは緊張しつつも楽しみにしていました。
(サクラお姉ちゃんから話は聞いたけど…想像以上に迫力がないな)
ですが目の前に現れた英雄エトワールには、その伝説に見合う貫禄はありません。
ハイエルフの特徴である碧色の長髪はやや乱れており、金色の瞳は何か後ろめたさのような感情が宿っていました。上位種族だけあって恵まれた美貌を持っていますが、その表情はひどく弱々しいものです。
「久しぶり…サクラ」
そんな第一印象のエトワールですが、第一声も弱々しいものでした。
「また再会できて嬉しいです、エトワールさん」
「そうだな…」
「なんだか元気ないですね。ちゃんとご飯食べてます?」
「体調なら大丈夫…ハイエルフは無駄に丈夫な種族だから」
久しぶりの再会を喜ぶ咲楽ですが、エトワールはずっと不安げに目を泳がせていました。
「ナキは…ついこの間、顔を合わせているな」
そこで咲楽の隣にいるナキに目が留まります。
「ついこの間?みんなで集まったのは半年も前の話しだろ」
「無駄に長寿のハイエルフにとって、半年なんて最近の出来事のように感じる。一年前の出来事もな…」
そう話すとエトワールはまた挙動不審に目を泳がせました。
「…そこの少女は?」
次に初対面であるアクリに目を向けます。
「今回の私の相棒、アクリちゃんですよ」
「は、初めまして」
咲楽に紹介され、慌てて頭を下げるアクリ。
「相棒か…なるほど。まだ幼い少女なら、心に闇を抱えている可能性は低い。私のように無駄な経験を積んでいる奴よりは信用できる」
「ちょっと待ってください」
そこで咲楽はあることが気になり、エトワールの言葉を遮りました。
「さっきから自分を卑下しすぎですよ」
「…」
咲楽にそう指摘され、エトワールは動揺しながら自分の髪を弄ります。
「すまない…過去に失態を犯してから失敗ばかりだ。サクラに気を遣えないどころか、ついこの間までサクラに関する記憶を抹消していたのだからな」
「それは世界中の人たちがなってしまう現象なので、気にしないでください」
「そうなのか…私も所詮、その他大勢の一人だからな」
「エトワールさん!」
とめどなく溢れるエトワールの弱音に、咲楽の我慢も限界です。
「考えてみればエトワールさんがそうなった後、ちゃんと話したことありませんね」
他にも話したいことは山のようにありますが、咲楽はまずエトワールが背負っている罪の意識をどうにかするべきだと判断します。
「私はエトワールさんが悪いだなんて思ってませんし、ずっと一緒に戦ってくれたことを心から感謝しています。そんなに自分を蔑んだりしないでください」
「…」
いくら咲楽が励ましの言葉を並べても、エトワールはすっかり自信をなくしていました。
(まさか伝説の英雄がここまで変わり果てるなんて…)
アクリはすっかり弱り果てた英雄を見て、自分も気を遣うべきだと考えます。
「ハルカナ王国ではこう伝わっています。エトワール様は英雄キユハさんに負けない魔法の達人で、英雄との旅で大活躍したんだって!」
「そうですよ。エトワールさんがいなかったら、あの悪の帝王は倒せなかったんですから」
アクリと咲楽は一緒になってエトワールを励ましました。
「それであの事件が起きたんだよなぁ」
そこで空気を読めないナキが会話に加わります。
「サクラを守り切れなかったことは大目に見るつもりだったのに、こいつは口を開けば“私は悪くない”を繰り返すばかり。あの時は誰しもが呆れて…」
咲楽は慌ててナキの口を塞ぎますが、もう手遅れです。
「やはり私はダメなハイエルフだ…」
「だから卑屈にならないでくださいよー!」
久しぶりに再会したエトワールは、すっかり卑屈な英雄になっていました。




