第214話 【お風呂に入りたい種族】
食事を終えると日が沈み、拠点周辺は少しずつ暗くなります。
「この部屋を自由に使ってください」
咲楽は客人二人を宿の二階にある個室に案内しました。初めからお泊りになる予定だったので、葵とつつじも宿泊の準備は万端です。
「ねぇ咲楽ちゃん、この宿ってお風呂はないの?」
「私もそれが気になっていました」
部屋に荷物を下ろした葵とつつじは、咲楽にそう尋ねます。
「体を洗う部屋は一階にありますが、浴槽はないです」
異世界プレザントにはお風呂に入る文化がなく、人前で裸体を晒すことは恥だという意識が根付いています。この宿は元が騎士の駐屯所ということもあって、体を洗う浴室はあっても湯を張る浴槽はありません。
「たくさんはしゃいだから、ゆっくり浸かりたいな」
「そうですね…魔法の練習で汗もかきましたし」
地球人の葵とつつじはお風呂に入りたがっていました。
そしてその気持ちは咲楽も同じです。
「じゃあ久しぶりに用意しますか、露天風呂を」
※
この拠点には露天風呂があります。
大きな竹でできた貯水槽を改造して、水の精霊石と火の精霊石でお湯を張る魔道具を取りつけたのです。この宿には裏庭があり、お風呂はそこに設置してあります。
「異世界の景色を見ながらの露店風呂…絶景かな!」
「信じられない体験ばかりですね…」
葵とつつじはお風呂に浸かりながら外を見渡します。異世界の景色を眺めながらの露天風呂は、まさに至福の一時でしょう。
「やっぱり日本人なら、一日一回はお風呂に入りたいですよね~」
咲楽は魔物同盟の仕事、異世界の案内、料理の試作などで疲れた体をお風呂で癒します。
(不可解、不明…サクラたちは全裸でお湯に浸からないといけない種族なのか?)
何度かお風呂を経験して裸になることに慣れてきたキユハは、本を読みながら静かに入浴しています。
「おお…こうしてお湯に浸かると気分がいいな」
そして初めてお風呂という文化に触れたナキ。
最初はやはり裸になることを躊躇っていましたが、体験してみればどうということはなかったようです。
「…」
アクリも一緒になってお風呂に浸かっていますが、目の前の光景を見て呆けていました。
(…改めて見ると私、すごい人たちと旅してるな)
女神の使者である咲楽、異世界人の葵とつつじ、ハルカナの英雄キユハ、ソエルの英雄ナキ。これだけのメンバーが一緒になってお風呂に入っているという現状は、アクリにとって現実味のないものでした。
「そうだ。冷蔵庫にコーヒー牛乳を冷やしてあるので、お風呂上りに飲みましょうね」
咲楽は手で水鉄砲を作りながらそう伝えます。
「こーひー…よく分からんが楽しみだな。他にはどんなものを異世界から持ってきたのだ?」
それを聞いてナキは咲楽が持ち込んだ他の物が気になりました。
「えっとですね~…キユハちゃんに頼まれていた本とか、お土産に甘いお菓子を用意しましたよ。それと今回は新しい試みとして、野菜と果物の種を用意しました」
「ほう、種とな」
「ハルカナ王国では地球の苺の栽培に挑戦しているので、私もやってみようと思います。この拠点に丁度いいスペースもあることですし」
尻尾側には宿、頭の方には集会所、左側には野外用の調理場、そして右側にはまだ何も置かれていません。なので小規模の菜園なら、そこで作ることが可能でしょう。
「私、ギルドの仕事で農業の手伝いをしたことあるから力になれるよ」
「今度は農作業用の魔道具が必要なのか」
そこでアクリとキユハが手伝いを申し出てくれました。
「…私も家来のためなら何でも手伝うぞ!」
できることが思いつかなかったナキですが、やる気を見せて立ち上がります。
「ふふ、ありがとうございます」
頼もしい仲間たちに囲まれ、咲楽は嬉しそうです。
「咲楽ちゃん…異世界でいろいろやってるんだね」
「きっとこの世界での経験が、今の咲楽さんを構成しているのでしょう」
そんなやり取りを見ていた葵とつつじは、学校で見せる咲楽の妙なカリスマ性の理由に納得していました。




