第20話 【孤児院の様子】
咲楽たちは食事を終え、一息つきます。
「一年振りの冒険で疲れましたね…早めに休みましょう」
「やっと寝れる~」
ノームは喜びながら地面に寝そべり、咲楽も寝袋を取り出して寝支度を調えます。明日は早起きして孤児院に向かう予定なので、早めに就寝することにしました。
「…サクラ、それなに?」
「外用の布団、寝袋です。入ってみます?」
「うん」
ノームは寝袋に潜り込みます。
「どうです?」
「……いい、これ」
「でしょう」
咲楽のお父さんはかなり奮発したようで、一級品の寝袋はプレザントの寝具より圧倒的に快適です。寝ることを生きがいにするノームは最上の幸せに包まれていました。
「………」
「………」
「ノームくん。私の布団なのでそろそろ…」
「………僕がサクラ勢力に反旗を翻す時が来た」
「そんな理由で!?」
ノームは寝袋に籠城してしまいました。
『ノーム…』
「う…」
女神様の一言で焦るノーム。
もちろんノームに反乱の意思はありませんが、寝袋の心地よさが名残惜しいのでしょう。ちょっと微笑ましい大精霊の姿に、咲楽は苦笑します。
「仕方ないですね…じゃあノームくん、少し詰めてください」
「はーい」
二人で寝袋に入ることにしました。幸いにも寝袋は大きく、咲楽とノームは小柄なので丁度良く寝袋に収まります。
「やっぱり少し狭いですね…」
「サクラが入ると、もっと暖かくなるね~……すぅ」
「あ、もう寝てます」
ノームは幸せそうな表情で寝息を立てています。咲楽も明日の予定を考えながら、目を閉じました。
(いよいよ孤児院…ハトさんとクロバさん、それとハツメちゃんは元気にしてますかね)
※
遡ること数日。
咲楽が目指す孤児院はハルカナ王国防壁の外にあり、森の奥深くに隠されています。この孤児院の存在を知る者は、ハルカナ国民でもほとんどいません。
当時は戦争のせいで親を亡くした子供が多く、孤児院にはたくさんの孤児たちで賑わっていました。あれから戦争も終結し、一年が経ちます。
「ふぅ」
深夜の孤児院にある食堂。
一人の男性が食堂の椅子に腰かけます。
「…あら、おかえりクロバくん」
「ハトさん、まだ起きてたんだ」
その男性に声をかける女性。この二人は異世界で迷子になっていた咲楽を助けてくれた、咲楽にとっての大恩人です。
ふわふわ髪の大人びた女性、孤児院長のハト・メリープ。
元々、ハトは自分の意思で孤児院を開いたわけではありません。戦乱の世を避け森の中に隠れながら、一人で穏やかに暮らしていただけです。ただ迷い込んでくる子供を見て放ってはおけないのが、ハトの性でした。
黒髪の真面目そうな男性、騎士隊長のクロバ・ハルトス。
孤児だったところをハトが見つけ保護をした青年。槍の才能に恵まれ一躍ハルカナ士官学校のエリートとして出世、騎士隊長の中でも五本の指に入る達人となりました。今では生活が苦しかったハトを支援してくれる出世頭です。
「ハルカナ王国はどうだった?クロバくん」
「平和だ、平和すぎてやることがない。ハトさんはどうだった?」
「こっちも平和だよ。あれだけいた孤児たちも、今は三人だけだもの」
「そろそろあの二人も士官学校に通わせられる歳になる。二人が孤児院を卒業したら、もっと退屈になるぞ」
「平和なのはいいことなんだけど、なんだか気が抜けちゃうね」
「今は平和を享受しよう。戦争を終わらせてくれた、偉大なる八人の英雄に感謝だ」
「…そうだね」
ハトとクロバは平和になった世界を振り返っています。
この二人は咲楽が指名した記憶封印解除の対象者ですが、まだ咲楽のことは思い出していません。
記憶の封印が解除されても、今は鍵のかかっていない扉のような状態。固く閉ざされた記憶の扉を開くには、何か咲楽を連想させるきっかけが必要です。
偶然にも夢の中で咲楽を思い出した者は、リアとキユハともう一人だけでした。
「ハトさん……クロバさん……」
すると、一人の少女が悲しそうに目をこすってハトの前に現れます。物心がつく前からずっとハトがお世話をしてきた孤児の少女、ハツメです。
「どうしたの?ハツメちゃん。怖い夢でも見たの?」
ハトはハツメを心配します。
ハツメが泣いている理由は、二人の話が聞こえたからです。世界を救った英雄は八人だけだと、クロバがハッキリと口にしたからです。
「やっぱり…ハトさんとクロバさんも忘れちゃったの?サクラお姉ちゃんのこと」
「………」
「………」
“サクラ”というキーワードが、ハトとクロバの記憶の扉を叩きました。二人の頭の中には、咲楽と過ごした一年余りの思い出と歴史が蘇ります。
「バカな………忘れるわけがない。なのに、どうして忘れていた?」
森の奥から現れた女神の証をもつ少女。戦争で血塗られたプレザントの希望になると信じ、ハルカナ国王に紹介したクロバ。
「………うそ。そんな、どうして?」
年端もいかぬ少女を戦場に送り、プレザントの未来を託すことになった。それしか出来ない、自分が無力な大人であることを嘆いたハト。
二人はあまりの情報量に混乱していました。
それと同時に違和感にも気付きます。咲楽を忘れていたどころか、歴史にすらその存在が消えているのです。
「いや…やはりおかしい。ハルカナ王国の民だって誰もサクラの存在を認知していなかった」
「そうだよ!書物の記録にだってサクラちゃんの名前はどこにも書いてないもの!」
「…ハトさん。帰ってきて早々悪いが、明日ハルカナに戻る。この事態は普通じゃない、情報を集めたいんだ」
「うん、私も改めて家の書物に目を通しておくね」
咲楽は想像もしなかったのでしょう。世界を救ってくれた恩人、その存在を忘れていた事実に苦しむ仲間たちの心境を。




