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第210話 【異文化交流②】




「二人は向こうでサクラと肩を並べているのだろ?だったら私を驚かせる特技を身につけているはずだ。それを私に見せてみろー!」


 ナキは地球からやってきた未知の異世界人にそう要求します。


(やっぱりきましたね…)


 そして咲楽はこの展開を読んでいました。


「よし、まかせてー!」

「このための準備だったのですね」


 突然のことなのに葵とつつじは淡々と持ち込んだ荷物から道具を取り出し始めました。


「お?やけに準備がいいな」


「ナキちゃんがそうくると思って、二人には準備させてたんです」


 咲楽はテーブルに突っ伏したままナキに答えます。


「この世界には楽しい物があまりないんだってね」

「どのような文化で発展したのか…興味深いです」


 異世界転移をする前に咲楽は、異世界プレザントに娯楽と呼べるものがほとんどないことだけは二人に伝えています。そこで自分の特技を生かせるアイテムを持ち込むようお願いしたのです。


 これこそが咲楽の新しい試みの一つ。

 自分の力では教えられない娯楽の魅力を、葵とつつじにアピールさせようという魂胆です。


「あ、サクラお姉ちゃん。戻ってたんだ」


 すると宿からハツメを肩車したアクリが現れます。


「ただいま~」


「グリフォンに乗ってどこに行ってたの?」


「えっと…ちょっとその辺まで」


「…ふーん」


 アクリは探るような視線を向けますが、この時の咲楽は特に気にしませんでした。


「アクリちゃんとハツメちゃんも、私の友達の特技を見ていってください」





 まず最初に特技を披露するのは葵です。


「私の特技はこれだー!」


 葵が取り出した道具は、直径20cmくらいのボールです。


「それはなんだ?」


 ナキは見たことのない道具に疑問を投げかけます。


「ボールだよ」


「ぼーる…?」


「…もしかしてこの世界ってボールすらないの?」


 衝撃の事実に驚く葵。

 遊ぶ文化がないといっても、まさかボールそのものが存在しないとは思いもしなかったようです。


「それは何をする道具なんだ?」


「これは“ニコニコボール”といって、サッカーバスケバレーハンドボールと多くの球技に対応した万能ボールなんだよ」


「聞き慣れない単語ばかりだな…」


 説明されてもナキは理解できません。


「じゃあ実際に試してみようか」


 まず葵はそのボールを足の甲に置きました。

 それから足を使い、巧みにボールを蹴り上げます。その技術は地球にあるサッカーのリフティングなのですが、葵は中学生とは思えない高等テクニックを連発させました。


「おお…どうすればそんな器用にボールを蹴れるのだ!?」


 自分には絶対に真似できない技術を見てナキは大喜びです。


「それじゃあお次は…」


 葵は蹴り上げたボールを片手で操り、バスケットボールのように指の上で回し始めます。そこから繰り出されるボール回しのテクニックは、思わず咲楽ですら見惚れてしまうほどです。


「この通り、ボール一つあればいろんな遊びができるんだよ。相手がいれば試合ができるんだけどね」


 葵はボールを操りながら会話をする余裕すらあります。


「秀抜、活発…やっぱりサクラが非力なだけで、チキュウ人も普通に動けるんだな」


 その運動能力を見てぼそっと呟くキユハ。


「私が運動音痴なのは否定しませんが…葵ちゃんは大人が相手でも引けを取らない、球技スポーツの天才なんですよ」


 葵とつつじは凡人には真似できない特質した個性を持っています。だからこそ咲楽は、二人を異世界の仲間たちに紹介したいと考えたのです。


「ふふ~どうだった?」


 葵はボール回しをしながらナキに感想を求めます。


「遊びもここまで極めれば立派な技術だ…よし、お前を家来認定してやろう!」


 葵の特技にナキは家来認定という最高の賞賛を送りました。





 葵の次に特技を披露するのはつつじです。


「私の方からは簡単な演奏を披露します」


 つつじが取り出したのは、弦がついた木製の道具でした。


「その複雑な道具はなんだ?」


 ナキは再び、見たことのない物に疑問を投げかけます。


「バイオリンと呼ばれる楽器です。楽器くらいはこの世界にもあると思います」


「いや?」


「…」


 またまた衝撃の事実に驚くつつじ。


「ボールや音楽は、私たちの世界なら太古の時代から存在していたはずなのに…やはり進歩の過程が根本的に違うようですね」


 異世界について考えれば考えるほど、つつじの頭の中には数々の疑問が湧いて出ます。


「そんな道具で、いったい何を見せてくれるんだ?」


 葵のパフォーマンスで期待が高まったナキは催促します。


「それでは一曲、演奏させていただきます」


 つつじはバイオリンを肩に当てて、弓で音を奏で始めました。曲名は“カノン/パッヘルベル”という有名なクラシックです。


 ………


 つつじが演奏している間、誰も言葉を発しませんでした。


 魔法にしか興味のないキユハ、まだ幼いアクリとハツメ、魔物であるグリフォンのビークまで、つつじが奏でる音色に聞き入っていました。


「…以上になります」


 長い演奏を終えてつつじが深々と頭を下げると、全員が我に返ります。


「これが音楽というものです。本当はいろいろな楽器を用意して、大勢で曲を演奏するんですけどね」


 咲楽は拍手を送りつつ音楽について補足します。


「これが音楽というものか…つい聞き惚れてしまった」


 ナキは腕を組んで感心しています。

 もはや家来認定は言うまでもないといった様子です。


「これをルルメメに聴かせたら、大喜びしそうだな」


「そうでしょうね~」


 ナキと咲楽はもうすぐ会えるセコイアの英雄、ルルメメがこの音楽を聴いたらどんな反応を見せるか気になってしまいます。

 何故ならルルメメと出会うきっかけとなったのが、咲楽が何気なく口ずさんだ歌だったからです。


「二人共、サクラに負けず劣らず見事なものだな」


 ナキは地球の娯楽を極めた二人の技術に関心されるばかりでした。

 それは咲楽にとっても大きな収穫です。


(やっぱりスポーツや音楽も、この世界の人たちに受け入れてもらえるんだ)

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