第207話 【魔物事情と咲楽の役割②】
「それじゃあサクラにお願いしたいことを伝えるけど…」
シルフは躊躇いがちに続けます。
「ねぇサクラ、もし嫌だったら断っていいんだよ?」
「へ?」
「魔物同士の争いなんて、私だって怖くて参加したくないのに…サクラはもうこの世界を一度救ったんだから」
どうやら咲楽を争いに巻き込んだことで、シルフは罪悪感を抱えているようです。
「私は途中で投げ出すような半端な気持ちで、魔物騒動に介入していません。精霊、魔物、自然界を守るため、この力を使わせてください」
手の甲に刻まれた女神の証を掲げて、咲楽は自分の意思を表します。
「それに魔物同盟に関わったことで、私にもいいことがあるんですよ」
「?」
「こうしてグリフォンの力を借りられますし、前の旅でお世話になった精霊の皆さんに恩返しができるんです。むしろこっちから手伝いを申し出たいくらいです」
咲楽は笑顔で、迷いなくそう答えました。
「…ありがとう、サクラ」
そんな咲楽を見てシルフは観念したように微笑みます。
※
「サクラにお願いしたいことは二つあるの」
咲楽の覚悟を確認したシルフは話を再開させました。
「まず一つは魔物同士で話し合いが発生した時、今まで通り仲介役をやってほしいんだ」
「クロウさんやソウカクさんが話せるのにですか?」
「魔物が言葉を使えるようになっても、知識はまだまだ精霊には及ばない。話し合いの時は私たちが先導する必要があるの」
「なるほど…まとめ役が必要なんですね」
一つ目の仕事は今まで通り、魔物間で話し合いが行われる際に神力を利用して精霊を呼び出すことです。
「それともう一つ。サクラに仕事を増やすことになるんだけど…魔物同盟に加入した種族の長に名前を付けてほしいの」
「あー…そうなりますよね」
二つ目の要望は至極当然のものでした。
グルフォンとベヒモスの長に名前を付けたのなら、同盟に参加する全ての種族に命名しなければ不公平です。それに各地で魔物同士が意思疎通できるようになれば、トラブルが発生した際に精霊なしでも柔軟に対応できます。
他にも命名する利点は数えきれないほどあります。
「それじゃあ南の三種族と、東で新たに加わった一種族。それと西の森の魔物に名前を付ければいいんですね」
自分のすべきことを確認する咲楽。
「それで西の森ではどんな魔物が加入したんですか?」
「森の主であるグリズリーとペリュトン。それとブラウニーって種族だよ」
「…グリズリーはなんとなく想像できますけど、他は分かりませんね」
「それならこれから会いに行こうよ。今から大丈夫?」
「行けますよ~」
咲楽は能天気な返事をします。
今回は南で起きたようなトラブルもなく、魔物に名前を付けるだけの簡単作業なので気負う必要はありません。
「そういえば西の森の魔物が同盟に加わる時、通訳はいらなかったんですか?」
「あ…」
西での出来事について咲楽が質問すると、シルフは困った表情を浮かべます。
「その時はウンディーネが単独で済ませたの。サクラの力を借りずに現界したから、大量の魔力を消費してね」
「むぅ…相変わらずウンディーネさんは私を頼ってくれないんですね」
「でもサクラ、四大精霊の代表であるウンディーネの考えも理解してほしいの。私やノームはどっちつかずだからサクラの力を借りてるけど、精霊としての本懐はウンディーネが正しいから」
「…」
ウンディーネは精霊としての体裁を守るため、汚れた魔物の件に咲楽が関わることを猛反対していました。しかしその行いは自分の身を削り、自然界の魔力に悪影響を及ぼしているのです。
「こうなったら時間を見つけて、ウンディーネさんに会ってみるしかないですね」
この件については咲楽がウンディーネと直接会って、話をつけるしかありません。




