第206話 【魔物事情と咲楽の役割①】
「まず初めに魔物同盟の近況を伝えるね」
シルフは魔物事情についての話しを始めます。
「東と南の大陸ではグリフォンとダイアウルフが中心になって、縄張りを広めつつ汚れた魔物を駆除してる。私たち精霊は相変わらず魔力が枯渇してるから、魔物同盟の働きには助かってるよ」
今はまだ小規模な魔物同盟ですが、自然界の平和を守る精霊たちの力になってくれているようです。
「それと西の森に生息する魔物が、新たに魔物同盟に加入してくれたんだ」
「おお、仲間が増えたんですね」
「後でサクラにも紹介するよ」
新しい種族も加わり、咲楽の目から見ても同盟は順調に成長しているように見えました。
「ただ汚れた魔物の方にも変化があってね…」
次にシルフは悩みの種である汚れた魔物について語ります。
「汚れた魔物は種族が違っても、汚れているという共通点だけで共生してる。それだけでも厄介なんだけど、最近になって不自然なほどに統率が取れてるんだ」
「統率?」
「まるでサクラが魔物たちをまとめて魔物同盟を立ち上げたみたいに、汚れた魔物側も意図的に縄張りを広めているの」
「それって私のようなまとめ役が、汚れた魔物側にもいるってことですか?」
「まだ確証はないけどね」
汚れた魔物をまとめ上げようとするリーダーの存在。そしそんなものがいれば、危険度は急激に上がります。
「それも含めて私たち精霊はある場所を調査してるの」
「ある場所?」
「汚れた魔物が集まって縄張りにしてる所だよ。そこが何処なのかは、サクラには言えないけどね」
「えー仲間外れですか」
「ち、違うよ。サクラは女神様の証を持っていても人間だから…」
シルフは慌てて言い訳をします。
精霊たちは人間との境界を定めており、自然界で起きた問題に人の手を借りるつもりはありません。本来は咲楽にだって力を借りたくはなかったのです。
(キユハちゃんとナキちゃんの力を借りれば、汚れた魔物なんて簡単に倒せるのに…それだと精霊の皆さんが納得しないんですよね)
精霊が気にしている体裁や名目などは咲楽から見れば些細なことですが、ここは精霊の意思を尊重してとやかくは言いません。
「とにかく、魔物事情について話せることはこれくらいかな」
これでシルフからの報告は終わりです。
今の魔物事情に大きな変化はありませんが、いずれは大きな規模の戦いになることが予感されます。
※
「それでね…サクラには女神様の権能について、教えないといけないことがあるの」
シルフは次の話に移ります。
「女神様の証を持つ人間が使える魔法には、まだサクラの知らないものがあるんだ」
「そうなんですか?」
咲楽が女神の使者として使える魔法は三つ。
回復魔法、強化魔法、精霊召喚。
他にも落とし物の信仰回収や女神の魅了などの恩恵はありますが、それらは受動的な魔法なので能力として数えられるのはこの三つだけです。
「その魔法の名前は“命名”だよ」
「めいめい…」
「女神様の証を持つサクラが名前のないものに名を与えると、そのものに力が宿るんだ」
「えっと…つまり?」
いまいちピンときていない咲楽。
「サクラはグリフォンとベヒモスに名前を付けたでしょ」
「あ」
「女神の使者に名前を付けられた魔物は、生物としての格が上がって急成長するの」
「なるほど…それでクロウさんやソウカクさんが喋れるようになったんですね」
「そう。なんでノームはこんな大事なことをサクラに説明してなかったんだろう…」
呆れたように息を吐くシルフ。
今にして思えば咲楽が魔物に名前を付けようとした時、いつもノームは意味深な反応を見せていました。その意味を咲楽はようやく理解します。
「でも…それっていいことですよね?」
不本意ではありますが、咲楽はこの現象を前向きに捉えました。
「魔物同盟のリーダーが強くなれば、それが汚れた魔物に対抗する力になります。それに魔物間で言葉を交わせるようになったなら、精霊を呼ぶという私の仕事も必要なくなりました」
「それなんだけど…魔物に名前を付けたことで、サクラにお願いしたいことが増えたんだ」
「?」
汚れた魔物の現状と咲楽の隠された能力が知れたところで、次は魔物同盟における咲楽の新たな役割についての話に変わります。




