第202話 【アクリの拠点生活➂】
拠点生活六日目。
移動拠点はトラブルもなく順調に目的地へ向かっています。もうギルドの街ソエルは見えなくなり、近くには人里もありません。
「………」
アクリは外を眺めているとある物が目に留まります。
酷く荒れて土地の向こうに、建物らしきものがありました。
「どうやらこの亀は人里を避けて、中央寄りに移動しているようだな」
隣にいたナキも同じ方向を見ています。
「あそこにはロベリア王国があったんだ」
「…!」
戦争の中で滅んでしまった大国、ロベリア王国。アクリの父親はこの国で起きた“ロベリア戦争”で命を落としました。
「王国だった面影はないですね…それだけ激しい戦争だったんだ、ロベリア戦争って」
アクリは憂いを帯びた表情で滅んだ国を眺めます。
「いや、それは私らのせいだ」
「え?」
「私たち九人は憎食みを殲滅するため、廃墟となったロベリア王国に籠城したのだ。ここでなら他国の被害を抑えつつ、気兼ねなく全力で戦えるからな」
世界の憎しみが形となった憎食みを殲滅するため、咲楽と八人の英雄が起こした戦争。その“憎断ち戦争”の舞台となった場所がこのロベリア王国跡地なのです。
「…」
アクリは改めて周辺を見回しました。
建物の残骸、巨大なクレータ、地面に走る大きな亀裂。それらを見れば、ここでどれだけ壮絶な戦いが繰り広げられていたのかが想像できます。
(ロベリアの跡地…いつか行ってみたいな)
アクリは様々な伝説を残した地に興味はありますが、今は咲楽との旅に集中したいので諦めることにしました。
※
移動拠点周辺は夜になると月明かりがあっても真っ暗になってしまいます。唯一の光源は、移動拠点に設置されている魔道具の燭台だけです。
「なぁキユハ~そろそろいいだろ」
「面倒、しつこい…」
「もうソエルは見えなくなったし、この近辺に村や集落はない。今なら大丈夫なんじゃないか?」
「…」
食事中、ナキとキユハがそんなやり取りをしていました。因みに今晩の献立は海老、貝、野菜を使ったソテーです。
「何の話ですか?」
不思議に思ったアクリがそう尋ねます。
「キユハに花火を打ち上げてほしいんだ」
「はなび…?」
花火という名称をアクリ、ハト、ハツメの三人は聞いたことがありません。
「サクラの世界にあるものでな、宴をする時に空へ打ち上げる火の魔法だ。すごく綺麗なんだぞ!」
ナキは手を振って花火を表現しています。
「でかい爆発音が鳴るから、近くに人里があったら見れないのが難点だな。だがこの辺りなら大丈夫だろう」
この時をずっと待っていたようで、ナキは期待に目を輝かせていました。
「なぁキユハ~簡単な魔法なのだろ?」
「はぁ…」
仕方なさそうに目を伏せるキユハ。
「倉庫に準備してあるから、好きに使え」
「おお、準備していたのか。流石はキユハだな」
料理を平らげたナキは駆け足で倉庫に向かいました。
これから何が始まるのか、アクリたちは未だに分かっていません。
「キユハ、これがそうか?」
ナキは倉庫から、火の精霊石がぎっしり詰まった袋を持って戻ってきました。
「そうだよ」
「よーし、ならば…ほっ!」
キユハの確認をとったナキは、大きな袋を軽々と振り回し勢いよく拠点の外に投擲しました。どれくらい遠くまで投げ飛ばしたのかは分かりませんが、花火を打ち上げるには十分な距離でしょう。
「準備できたぞ、キユハ」
「…」
食事を中断してキユハは小さく囁きます。
“打ち上がれ”
そう唱えると、袋を投げた方向からはじけたような音が鳴りました。
ドーン!
すると真っ暗だった空に、色鮮やかな花火が咲き誇ります。
「わぁ…」
「きれいね~」
「すごい!」
花火の景色に圧巻されるアクリ、ハト、ハツメ。
初めて花火を目の当たりにした衝撃もありますが、キユハ特製花火は地球人の目から見ても見事な完成度でした。三人はたった一言の詠唱で繰り出される花火の数々に目を奪われます。
「補足…サクラが言うには、これは火薬という戦争の道具から生まれた産物らしい」
食事を再開させつつ花火の解説をするキユハ。
「え、サクラお姉ちゃんの世界にも戦争があるの!?」
アクリは信じられないといった面持ちです。
「向こうの世界は戦争をとうに乗り越え、あれだけの娯楽文化を発展させている。つまり僕らの世界にも可能性がある…とサクラは言っていた」
「…」
アクリは咲楽が住む世界を異次元のものだと認識していましたが、根底にあるものは同じなのです。
戦争という歴史があり、
和平という過程があり、
平和という未来がある。
(じゃあ私たちの世界も、あっちの世界みたいになれるのかな…)
アクリは英雄たちや国王や総長のように、咲楽と関わったことでこの世界に新しい希望を見出しました。




