第200話 【アクリの拠点生活①】
咲楽が地球に帰っている、一方その頃。
アクリたちは移動拠点グランタートルの背中の上で、次の目的地である多種族の国セコイアに向かっています。
今は咲楽が地球に帰った次の日の昼食中、みんなで外の集会所に集まって食事をとっています。因みに献立はソエルの魚介をふんだんに使用したムニエルです。
「あ!」
美味しい料理を堪能している最中、アクリが急に声を上げます。
「どうかしたの?料理に変なものでも入ってた?」
この料理を作ったハトがその様子を見て心配します。
「あ、料理はすごく美味しいよ。ちょっとハルカナ王国のギルド規約を思い出して…」
「ギルド規約?」
「ハルカナ王国のギルドは三十日に一回、活動報告を提出しないと降格になるの」
「そっか、アクリちゃんはハルカナのギルドに所属してるんだっけ」
今のアクリの職業はギルドで働く見習い冒険者です。ギルド資格は仕事をしないで放置していると規約により降格、脱退させられてしまいます。
「モータルバード討伐でランクは上がったけど、次の活動報告をしないと降格させられちゃう」
「旅に出ることはギルドに伝えてないの?」
「遠征に出ることしか伝えてない…今日まで規約のこと、すっかり忘れてたから」
「あらら」
ハルカナ王国へ報告に戻るには、咲楽にグリフォンを呼んでもらうしかありません。しかし咲楽が戻ってくる頃には、もう手遅れでしょう。
「些事、不用…あんな小組織に所属する必要なんてもうないだろ」
不安がっているアクリを見て、キユハが食事をしながら口を挟みます。
「士官学校から内定をもらってるんだろ?それになんだっけ…“華護庭”だったか、あの権力があれば不自由しないだろ」
華護庭とはハルカナの国王公認の咲楽を守護する護衛組織であり、その構成員には騎士隊長クラスの権限があります。これだけで庶民のアクリにとっては十分な立場でしょう。
「うーん…」
今後について真剣に考えるアクリ。
汚れたモータルバード討伐によりギルドメンバーはアクリの実力を認めてくれました。それにギルド活動にも愛着があったので、このまま無視するのは気が引けてしまいます。
「ならアクリよ、ソエルのギルドと手を組まないか?」
そこでナキがまったく別の進路を提案しました。
「実は総長がハルカナのギルドとソエルのギルドを繋げる計画を立てている。元は一つの組織だったから、戻すと表現する方が正確だな。その仲介役として働く気はないか?」
「そ、それってすごい大役ですよね?」
「アクリ以上の適任はいないと思うぞ。カルカクの連中もアクリを気に入っているし、みんな納得してくれるだろう」
「………」
多くの分岐点を前に、アクリは混乱気味です。
今まで通りハルカナ王国のギルドに所属するか、ソエルのギルドと手を組んで大役を担うか、騎士隊長ナスノの紹介で士官学校に入学するか、華護庭という組織の活動に集中するか…どの立場も重要なので戸惑ってしまいます。
「まだ若いんだから、結論を焦ることはないと思うよ」
悩むアクリに対してハトは優しく微笑みかけました。
「サクラちゃんとの旅で、また新しい道が見つかるかもしれないからね。旅の中で多くのことを学んで、ハルカナ王国に戻ったら親御さんと相談して決めるといいよ」
「…」
ハルカナ王国で自分の帰りを待つ母親。
今は士官学校の薬剤師として働いています。
(本当は今すぐにでも会って、これまでのことを伝えたい…でも今は我慢しよう)
アクリはこの旅を中断するようなことはしたくありませんでした。次に母親と会う時は世界を回り終え、経験を積んで、しっかり成長した姿を見せたいと思ったからです。
「それよりアクリよ、サクラとの旅の話を詳しく聞かせてくれないか」
するとナキがバッサリと話題を変えます。
「サクラの旅を最初から見てきたのだろう?」
「えっと…最初からではないですけど」
「ならアクリとサクラの出会いから聞かせてくれ。ソエルではざっくりとしか聞いていなかったからな」
咲楽の旅に途中から参加したナキは、これまでの冒険譚が気になって仕方がありません。
「私も気になってたんだよね、二人の出会いについて」
「ハツメも気になる!」
ハトとハツメも孤児院を出発した後の物語を知りたがっています。
「じゃ、じゃあ私が汚れた魔物に一人で戦いを挑んだ時の話から…」
これからもアクリは咲楽の冒険譚第二幕の最初に居合わせた者として、多くの人に同じ話を何度も聞かせることになるでしょう。




