第199話 【咲楽の学校生活➄】
「その異世界に私たちも連れてって」
「………」
葵のその一言に、咲楽は既視感を覚えます。
この展開はキユハの時と同じです。
「ええと…どうしてですか?」
「誰もが一度は夢見る異世界旅行、その夢が目の前にあったら黙ってなんていられないよ!」
身を乗り出して咲楽に詰め寄る葵。
「そのような夢を見たことはありませんが…もし可能なら私もお供させてください」
そんな葵の背後からつつじが顔を覗かせます。
二人の目は真剣そのものでした。
(この展開を予想してなかったわけではないのですが…)
咲楽だって友達が異世界に行けるのなら、連れて行ってほしいと思うでしょう。
「でも異世界は危険がいっぱいですよ」
しかし簡単には頷けません。
新種の憎食み、汚れた魔物、各国の問題…いくら終戦したとはいえ、今の異世界も安全とは言えない現状です。そんなところに無力な同級生を招待するのは躊躇います。
「ちょっとだけ、一回だけでいいからお願い!」
「その異世界を一目見たいだけです」
悩む咲楽を見て、お願いを続ける二人。
(…あの拠点内なら安全だし、行ってすぐ帰るなら招待しても大丈夫かな?)
もし外敵が近づけばグランタートルが察知してくれる上、その背中には最強の英雄が二人もいます。そんな移動拠点の防衛力はハルカナ王国以上でしょう。
(それに…二人を異世界に招待してみたいと思う自分がいます)
咲楽はキユハを招待した時も感じたのですが、未知の世界に驚く友人のリアクションを見ることが楽しみだったりします。
「ちょっと相談させてください」
ただ異世界転移には女神様の力が必要です。この場で女神様に相談なく、転移の許可を出すわけにはいきません。
「相談って、誰に?」
「あっちの世界の女神様にです」
「…」
咲楽がどこまで本気なのか、まだ葵とつつじには分かりません。ですがもし自分の足で異世界に行けたなら、二人のもやもやは全て晴れることになるでしょう。
※
その日の夜。
咲楽は女神像にデザートのお団子をお供えする際、キユハの時と同じように葵とつつじを異世界に招待したいと提案しました。
『構いませんよ』
意外なことに女神様はそう答えてくれます。
「いいのですか?」
『その二人はサクラにとって必要な存在なのでしょう?それならば是非もありません』
「はい!葵ちゃんとつつじちゃんは、私にはない特技を持っているので」
最初は興味本位で葵とつつじを異世界に招待しようと考えた咲楽ですが、二人の個性を思い出してある作戦を思いついたのです。それを言い分にするつもりでしたが、女神様はあっさりと許可をくれました。
「でも、そんなに神力を使って大丈夫ですか?」
咲楽は女神様の体調を心配します。
憎食みによって神力を失った今の女神様は、力が枯渇しており弱り切っているはずです。
『理由は分かりませんが、サクラがそちらに戻っている間に神力の回復が急激に良くなりました』
「そうなんですか?」
『ええ、今なら複数人の転移も可能ですよ』
女神様の神力は、異世界プレザントに住む人々の祈りが源です。その神力が回復しているということは、人々が女神様を強く信仰しているということです。
「じゃあソエルでやった作戦が上手くいったみたいですね」
『作戦ですか?』
女神様の知らない所で、咲楽は密かに神力回復のための行動に出ていました。
「ギルドの街ソエルの人たちは戦乱の世を恨んで、女神様に信仰しなくなった人がいます。そんな人たちに料理を振舞う時“いただきます”を言うようにお願いしたんです。美味しい料理が作れたのは食材に関わった人たちと、女神様の恵みのおかげなので」
自然の恵みや海の幸に感謝を込めて手を合わせてほしい…たったそれだけで、ソエルから得られる祈りが格段に多くなったのです。
それだけの影響力が咲楽の料理にはありました。
『サクラの活躍には感謝していますよ』
女神の使者としてこれほどの成果を出してくれたら、女神様も積極的に咲楽を支援したくなります。
『この調子で神力が回復すればできることも増えます』
「へぇ~例えばどんなことができるようになるんですか?」
『二つ目の転移用の女神像を作れたり、四大精霊に魔力を分け与えることも可能になるでしょう』
「おお、それは素晴らしいですね」
『サクラも何かしてほしいことがありましたら、遠慮せず提案してください』
「ありがとうございます!」
女神様の回復が捗れば咲楽が異世界でできることも増えます。それは今後の国おこし作戦や、汚れた魔物の問題解決にも役に立つでしょう。
「じゃあ早速、葵ちゃんとつつじちゃんに連絡しましょう」
こうして明日からの咲楽の旅に、地球人である葵とつつじが同行することになりました。




