第193話 【冒険者と学生の両立】
移動拠点グラタン。
それはグランタートルという魔物の背中に家を建てるという、このプレザントでも類のない拠点です。
まず大きな建物は宿として利用されており、三階建ての十二部屋と来客者が来ても安心の広さ。隣には倉庫が設置されており、食べ物や物資が大量に保管されています。その裏には研究所が隠れていますが、ここはキユハのテリトリーなので立ち入りは禁止です。
外には料理に使える野外用台所と石窯、剣の訓練場、住人たちで話し合える集会場と、色々な設備が充実しています。
そんな移動拠点の主は、地球という異世界からやってきた一人の少女です。
「ここに帰ってくると、なんだかほっとします」
地球からこの異世界プレザントにやってきた咲楽は、ギルドの街ソエルから移動拠点グラタンに到着して大きく伸びをします。
旅の目的である“国おこし作戦”でソエルを盛り上げることに成功したので、これから拠点を動かして次の目的地である多種族の国セコイアへ向かうところです。
「それじゃあグラタンくん、西に向けて出発してください」
「…」
咲楽の言葉に亀の魔物グラタンは頷き、ゆっくりと歩を進めてくれます。到着は距離を計算すると十日後くらいになるでしょう。
「はぁ…疲れた。しばらく研究所に引きこもるぞ」
「私もちょっと横になりたいかも」
ハルカナ王国から咲楽の旅に同行してくれている二人。魔法使いの英雄キユハと見習いの冒険者アクリは、拠点での暮らしに慣れているので自由行動をとります。
「じゃあサクラちゃん。二階の部屋を一つ借りるね」
「わーい」
そして今回、この拠点に客人が来ています。孤児院から遠路はるばる咲楽の助っ人としてきてくれたハトとハツメは、しばらくこの拠点で過ごすことになりました。
「ふふ…ここが私の新たな基地となる場所か」
更にもう一人、客人とは別に新規住人がいます。ギルドの街ソエルの英雄にして鬼人族の少女、咲楽よりも少し年下のナキです。
「私に相応しい部屋はあるのか?」
ナキはいつも通り偉そうに宿を見上げます。
「宿の部屋はみんな同じですよ」
「む、ならどうしたものか…」
「じゃあ私の隣の部屋はどうでしょう?ハトさんとハツメちゃんは、向かいのアクリちゃんの隣の部屋にしてもらって」
「うむ、それがいい!」
ソエルで忙しなく働いた咲楽一行は、次の街に向かいながら束の間の休息をとるのでした。
※
時刻は変わってお昼頃。
各々で活動していた拠点の住人たちは、外の集会所に集まって昼食を囲んでいます。
昼食の献立は咲楽特性のタコ焼きです。
ソエルにいる職人スズハから様々な料理器具を作ってもらったので、拠点での料理の幅が一気に広がりました。このプレザントに存在しない料理を生み出す咲楽の活動はまだ続いています。
「えーこほん。唐突ですが、今後の予定について皆さんに伝えたいことがあります」
咲楽は自分の食事を切り上げ、みんなの前に立ちました。
「改まってどうしたんだ?」
ナキたちは食事を続けながら咲楽の話を聞きます。
「これから私、元の世界に帰ろうと思います」
その言葉に面食らう一同。
「あ、誤解しないでくださいよ。帰るのは次の街に着くまでの、この移動期間だけです」
咲楽は慌ててそう付け加えました。
「この旅を始めてから、もう三十日もこの世界で暮らしてます。そろそろ私の世界の生活を進めたいんですよ」
プレザントの鬱屈とした空気を振り払うために活動している咲楽ですが、地球人としての本分があります。このままずっと異世界生活を続けているわけにはいきません。
(もう三十日が過ぎたのね…その短い期間であれだけのことをしてるんだから、やっぱりサクラちゃんの旅は壮絶ね)
ハトは内心、咲楽が来てからの濃密な日々を思い出して感心していました。
「あっちの時は止めているのだろ?だったらいつまでもここにいていいだろ!」
咲楽を引き留めようとナキは意見します。
「あっちの時間が止まっていても、私の成長は止まりません。このままだと私だけ大人になってしまいますよ」
今の咲楽の年齢は十三歳ですが、世界を救った日々を合わせれば十四歳。学校のクラスメイトより年上になってしまうのです。
「無用、不用…アオイとツツジに比べて、サクラは背が低いから子供に見えるけどな」
そこでぼそっと辛辣なことを呟くキユハ。
「そ…それに、いつまでもこっちで生活していたら感覚が狂ってしまいます!この移動時間はあっちで過ごします!」
自分の発育が悪かろうが、これ以上異世界で過ごしていたら学生生活に支障をきたしてしまいます。なので咲楽はこの移動中は地球に戻り、普通の学生に戻って学校に通うと決めたのです。
「だからそれまでの間、お留守番をお願いします」
「…せっかくサクラの旅について来たのに、もう離れ離れになるとはな」
不服そうに口を尖らせるナキ。
「そうだ、私もついて行こう!キユハだってそっちに行ったことがあるのだろう?」
「今回は学校で忙しいので、ナキちゃんを連れて行くわけにはいきません。それに異種族はとても目立つので、行くにしても準備が必要ですよ」
「むぅ…」
「お土産を用意しますから、今回は我慢してください」
「…仕方ないな」
ナキは家来の活動を妨げることはしたくないので、素直に引き下がってくれました。
「しばらく留守にするので、ここで分からないことがあったらアクリちゃんに聞いてください」
この拠点の設備に詳しいのは、咲楽のお手伝いをしていたアクリだけです。
「アクリちゃん。後のことは任せて大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫!」
咲楽に拠点の全てを託されたアクリは迷わずそう答えます。
(頼もしくなりましたね、アクリちゃん)
この旅を始める前と後では、アクリの顔つきは見違えるほど頼もしくなりました。これなら安心してお留守番を任せることが出来ます。




