第18話 【プレザントでキャンプ】
プレザントの大地を歩き進めること数時間、咲楽たちは魔物と遭遇することなく順調に孤児院まで向かっています。荒れ地を抜け、孤児院のある森の入口まで到着しました。
その時、咲楽は空を見上げて不思議に思います。
もう日が沈みかけていたのです。
「あれ?午前中に出発したのに、もう暗くなりかけています」
『チキュウとプレザントには時差のズレがあったようですね』
咲楽が転移した地球の時刻は午前中でしたが、プレザントでは午後だったようです。それに今は地球の時刻を止めていますので、ズレはさらに大きくなるでしょう。
「夜遅くに孤児院をお邪魔しても迷惑でしょうし、夜の森は危険ですね…今日はここで一夜を明かしましょう」
「はーい」
咲楽たちは森に入る手前、川のほとりで夜を迎えることにしました。
「この辺りがいいですね…」
咲楽は川から少し離れた高い位置で拠点を作り始めます。荷物を下ろして、まず杖で地面に家の断面図のような線を引きました。
「ノームくん、この線に沿って土の壁で囲ってもらえませんか?」
「いいよ~」
ノームは地面に手を当て、詠唱します。
“サクラを守る土の砦”
ズズズ…
咲楽が引いた線に沿って、大きな土の壁が生えてきます。壁は屋根が付いた正方形の箱になり、飾り気のないシンプルな家の完成です。
「こんな感じ?」
「はい、ありがとうございます!良かったです、ノームくんがいてくれて」
本日の咲楽は荷物になるテントを持ってきていません。咲楽は土の精霊石を使って自分で拠点を作るつもりだったのですが、土魔法のスペシャリストであるノームに任せることにしました。
人が魔法を使うための精霊石は、精霊が無意識に流す魔力が鉱石に宿ることで生まれます。プレザントで純粋な魔力を体内に保有している生物は、精霊種だけです。
「それにしても、相変わらず魔法っぽくない詠唱ですね…」
「詠唱は魔力に意思が伝われば何でもいいんだよ…ふぁ」
ノームは大きな欠伸をします。
この世界の魔法は、言霊に近い性質があります。
詠唱は精霊の魔力に意思を伝えることが重要です。なのでプレザントに決められた詠唱はなく、魔法使いは各々で最も効果的な詠唱を考案して魔法を唱えています。
咲楽がノームを呼び出したセリフも、あれでも立派な土の精霊を召喚する詠唱として成立していたのです。
「さて、暗くなる前にいろいろ準備しましょう。ノームくん、この近くに食べられそうな食材ってありますかね?」
「森の中にならたくさんあるよ。採ってくるから待ってて」
「ありがとうございます」
ノームは森の中へ出かけに行きました。
咲楽は食料を多く持参していますが、自分で食べてしまったら意味がありません。地球の食材は孤児院のみんなに振舞うために持ってきたのです。
「私も野宿の準備をしないとですね」
咲楽はノームの作った土の家に入ります。
広さはほどほど、壁の端には土のテーブルが設置されている、とてもシンプルな拠点です。咲楽は中でキャリーカートのロープを解きました。
「女神様はこちらに」
『ありがとうございます』
入口正面の台に女神像を祭り、右の机には食器や調理器具を置き、左の平らな空間には寝袋を広げます。
「真ん中の地面を少し掘って焚火をしましょう。あ、壁に穴を開けて喚起口を開けないと…」
手際よく準備をする咲楽。
プレザントに転移する前に、ちゃんと野営の勉強はしてきたようです。
次に咲楽は薪を求めて外に出ます。
「おお、けっこう落ちてますね」
幸いにも拠点が森の入口だったので、土の家の近くには乾いた薪や火口になりそうな枝がいくつも落ちていました。咲楽は集めた薪を土の家の隅に山積みにします。
「ふぅ……これだけ集めれば足りるでしょう」
中央の少し掘った地面の穴に薪と火口を並べ、咲楽は地球から持ってきたマッチを点火し火口に投下します。しかし、火口に火は点くことなくマッチの火は消えてしまいました。
「あれ?やっぱり薪が湿ってたかな。なら…」
立てかけていた杖を持ち、セットされている精霊石を火の精霊石に取り換え魔法を唱える咲楽。
“ファイヤーボール”
ブオオ…
マッチよりも多少強い火が杖から吹き出し、火口に点火し薪を燃やしていきます。
「威力が低くても使えればいいのです」
何はともあれ、室内に明かりが灯されました。
外は日が沈み真っ暗になりますが、焚火が室内を明るく照らしてくれます。これで小さな仮拠点の完成です。
「さて…後はノームくんの帰りを待ちながら、食事の支度ですね」




