第2話 【地球に帰る前に】
仲間たちに見送られた咲楽は、女神様の転移魔法により白い光に包まれました。
「…」
咲楽はゆっくり目を開けます。
そこはひたすらに真っ白な空間です。その空間に、白いマントを羽織った一人の女性が立っていました。
「サクラ、ありがとうございました」
「…女神様?」
顔はフードで隠れており確認することは出来ませんが、咲楽はその聞き覚えのある声で相手が女神様だと分かりました。
「よくぞやり遂げてくれました」
女神様は白い両手で咲楽の手を包み込みます。
「最初は不安でした…サクラが異世界に転移した時は「嫌です帰してください!」と大泣き。十日も行動に出ずいじけてばかり。そんなサクラがここまで成長してくれるなんて」
「………」
女神様は大喜びですが、咲楽は不満げな表情を浮かべています。
「女神様…言っておきますが、あれは一般人の正常な反応です!急に異世界に放り込まれたら誰でもああなります!酷いです!」
「ご、ごめんなさい…」
こうして咲楽と女神様が面と向かって会話をするのは初めてなので、咲楽は一年間溜まっていた不満を爆発させました。
「そ、それで…サクラ。あなたをチキュウに帰す前にいくつか確認することがあります」
「…確認ですか?」
咲楽に怒られて取り乱す女神様ですが、息を整えて真面目な空気を作ります。咲楽も過ぎたことは根に持たず許し、女神様の言葉を待ちました。
「これからサクラを異世界に転移させたチキュウの同じ場所と日時に戻します。チキュウとプレザントの時空は異なっていますので、サクラがいない間のチキュウは時を止めていたのです。要するに一年前のチキュウに戻すということですね」
「おお、よかったです。中学校の入学式はちゃんと迎えられるのですね」
転移した時期は咲楽が小学校を卒業したばかりの時。
それも三月に異世界転移してしまったので、咲楽はまだ一度も中学校に通うことなく異世界に飛ばされてしまったのです。地球に戻れば咲楽は一つ年上の中学一年生ということになります。
「それとサクラに授けた女神の権能ですが、それはチキュウに戻っても失うことはありません」
「ええ…」
「…嫌なのですか?」
咲楽の嫌そうな反応にショックを受ける女神様。
女神の権能とは、女神様が咲楽に授けた神力のことです。咲楽の手の甲には“女神の証”が刻まれており、これが女神である証明にもなります。プレザントなら誰もが称える偉大な証なのですが、地球ではこの紋章はあまりに異質。いわゆる中二病のソレにしか見られません。
「この証だけでも隠せませんか?」
「無理です…名誉なんですよ?」
「う…わかりました、諦めます」
手袋をするか包帯を巻くか、咲楽は地球でどう証を隠すか悩みました。
「それと…大変申し上げにくいのですが…」
「?」
女神様は言いにくそうに続けます。
「その…プレザントの人々にあるサクラに関する記憶を封印させてください」
「え?それって…」
「プレザントの人々は、サクラのことを忘れるということです」
咲楽は茫然としました。プレザントで共に戦った仲間たちが自分のことを忘れてしまう、それはとても悲しいことです。
「どうしてです?」
「プレザントの人々はサクラを女神として崇め、祈りを捧げています。人々が私に祈りを捧げてくれなければ、憎食みによって失われた私の力が回復しないのです。女神の認識を私に戻す必要があります」
「…」
「ごめんなさい。みっともない話ですが、存在があやふやな女神より世界を救った女神の方が信仰が深いのです」
プレザントの人々は世界を数ってくれた咲楽のことを本物の女神様だと認識する者がほとんどでした。そしてどれだけ信心深い人でも、祈ればどうしても世界を救ってくれた咲楽の姿が浮かんでしまいます。それだけで信仰の行く先に影響を及ぼしてしまいます。
信仰は女神の力の源です。このままでは女神様は力を取り戻せず、憎食みのような新たな脅威が現れた時の対処が難しくなってしまいます。
「みんな…私を忘れるんですね」
「記憶はあくまで封印です、失われることはありません」
「…少し話が変わるのですが、私はまたプレザントに行ってもいいですか?」
「異世界転移には多くの神力を必要とします。初めにサクラをプレザントに転移させた時、憎食みに蝕まれた私は力尽きました。そして今もギリギリの神力でサクラをチキュウに戻します。現在の回復状況では可能になるのは何十年後になるか…」
「…」
とても現実的な内容に言葉を失う咲楽。
プレザントに行くには女神様の神力が必要、神力を回復するにはプレザントの人々が女神様を信仰する必要があります。プレザントにある“女神サクラ”という異物を削除しなければなりません。
咲楽は意を決します。
「わかりました、みんなの記憶を封印して頂いて大丈夫です」
「サクラ………申し訳ありません」
頭を下げる女神様に咲楽は力なく笑いました。