第192話 【次の旅路へ】
次の日の朝。
「ふぅ…これくらいが限界ですね」
咲楽は日が昇る前には起きていました。
旅支度は寝る前に済ませていましたが、ソエルを離れる前に一枚でも多くの料理レシピを残そうと早起きしていたのです。
「料理のレシピを残してくれるのはありがたいけど、もっと休んだ方がいいよ」
リリィは羽ペンをカウンターに置きます。
咲楽はこの世界の文字を扱えないので、代わりにリリィが文字に起こしてくれていました。
「街を出る前に、少しでも力になれれば嬉しいので…」
そう言って微笑む咲楽ですが、その表情は昨日よりもお疲れです。
「おい、サクラ」
すると外からクスタが現れました。
「そろそろ旅に出る奴らが正門に集まる時刻だぞ」
「そうですか…じゃあ私も行きますか」
荷物を背負い外に出ようとする咲楽。
「おっとと」
しかし疲れが溜まっているのか、咲楽は背負った荷物の重さでバランスを崩してしまいました。
「旅に出る前から不安だな…」
転びそうになる咲楽をクスタが支えてくれます。
「あ、ありがとうございます」
咲楽は頬を叩いて眠気を覚まし、扉を開けて鬼の雫の外に出ました。
「そう言えばクスタさん」
咲楽がいなくなったところで、急にリリィは話を振ってきます。
「今回はサクラと一緒に旅しないんですね」
「…必要ないからな」
「心配じゃないの?」
「ナキとキユハがいれば十分だ。脳筋のナキはともかく、キユハの護衛力は俺たちの誰よりも秀でている」
「でもクスタさんとしては、いつまでもサクラを隣に置いておきたいでしょう」
「………」
不機嫌そうな目でリリィを睨むクスタ。
咲楽との関係について何度も茶化されているので、心底うんざりしていました。
「冗談よ。それよりサクラを見送りに行きましょうか」
※
咲楽は旅用の衣服を身に纏い、荷物を背負ってギルドの街ソエルの正門に立ちました。
「ふわぁああ~…それじゃあ行きますか」
そう言いながら盛大な欠伸をする咲楽。
「しゃんとしろーサクラ!」
咲楽とは対照的に元気いっぱいのナキが注意します。
「ナキちゃん…すごい荷物ですね」
ナキは背丈の三倍くらいの荷物を背負っていました。
「旅に出ると言ったらスズハや住人共から食い物を押し付けられた」
「みんなに愛されてますよね、ナキちゃん」
「ふふん、当然だ」
リアやキユハと違って、ナキは咲楽と出会う前からここの住人に慕われていました。それだけソエルの住人たちは、ナキが生み出す平和に癒られていたということです。
「サクラちゃ~ん」
するとアクアベールが呑気な声で咲楽を呼びます。
「昨日も話したけど、私は一足早くセコイアに行ってるわね」
次の目的地である“多種族の国セコイア”の住人であるアクアベールは、咲楽を迎える準備をするため先に出発することになります。
「あ、ベルさん。行く前に聞きたいんですけど」
「ん?」
「今のセコイアって雨の季節ですか?」
「えっと~……まだ雨の季節ね。でもサクラちゃんが到着して数日経てば、晴れの季節に変わるわよ」
「じゃあタイミングはバッチリですね」
そんな二人の会話を聞いていたアクリは首を傾げました。
(雨と晴れの…季節?天気の話じゃないのかな)
その不可解な会話の意味を知るのは、セコイアに到着する頃になるでしょう。
「さてと」
話し終えるとアクアベールは懐から水の精霊石を取り出します。
「…」
すると詠唱してもいないのに、精霊石から水が溢れアクアベールの足元に溜まりました。
「それじゃあ、待ってるね~」
アクアベールは咲楽たちに手を振ると、まるでサーフボードをするかのように水を操作して大地の上を駆け出しました。
(今、詠唱してなかった。どうやって魔法を…?)
それはアクリにとって信じ難いものでした。
今日までずっとぽわぽわしていたので忘れがちですが、アクアベールはセコイアで五本の指に入るほどの実力者なのです。
(次の街ではどんな人が、どんなことが待ち受けてるんだろう)
ギルドの街ソエルでアクリは知らなかった父親の過去を知り、様々な経験を得ました。これから向かう場所にも、多くの未知との遭遇が待っているでしょう。
(お父さん…空から私を見ているのかな)
アクリは紐を通して首にかけた父親の指輪を握りしめながら、高鳴る鼓動を抑え込みます。
「それではみなさん、お世話になりました」
アクアベールを見送った咲楽は、ソエルでお世話になった面々に深々とお辞儀をしました。
「いってらっしゃい」
「またこっちに来いよ」
「面倒事は起こすなよ」
お見送りにはリリィ、総長、クスタが来てくれました。
オルドとルーザは昨日のうちにお別れの挨拶を済ませてあります。ソエルは内乱が終わっても混乱は収まっていないので、二人は朝から大忙しです。
「それではアクリちゃん、キユハちゃん、ナキちゃん、ハトさん、ハツメちゃん。行きましょうか!」
挨拶を終えた咲楽は、新しいパーティーメンバーに呼びかけます。
「うん!」
「ん」
「うむ!」
「はい」
「はーい!」
こうして咲楽一行はギルドの街ソエルを出発して、多種族の国セコイアへ向かうのでした。