第189話 【くすぐったり、雑談したり】
クスタは咲楽を抱えて、二階の空き部屋に移動しました。
「私をくすぐる気ですね…昔みたいに!」
咲楽はベッドの上で両腕を縛られ、脇をガードできない状態で寝転がされています。これでは抵抗することも逃げることも出来ません。
これよりクスタの手によって、咲楽へのお仕置きが執行されます。
「この手法がサクラの無自覚を抑制する最も効果的な手段だからな…奇っ怪なことに」
手首を回しながらお仕置きの準備をするクスタ。
「あの…私、頑張りましたよね?なのになんで罰を受けないといけないんでしょう」
体をくねらせながら咲楽は説得を試みます。
くすぐりの刑は咲楽にとって、本当に苦しい刑罰なのです。
「実はアクリを連れて来た時点で、最終的にお仕置きすることは確定していた」
「理不尽!じゃあ最初の条件は何だったんですか!?」
「これ以上サクラに想定外の要素を増やさせないための戒めだ。それでもなお止められなかったがな…」
「で、でも…アクリちゃんがいたおかげで、最初の計画よりずっと良い結末になったでしょう?」
咲楽は最後の反論をします。
これまで起こした想定外の要素は、巡り巡って最善の形で内乱を終わらせる結果になりました。今回の一件で最も活躍したのは咲楽だと言っても過言ではありません。
「…それが気に入らん」
「へ?」
「どれだけ頭を使って念入りに作戦を立てようが、お前の奇行はそれ以上の結果を生み出す」
クスタが言っていることは今に始まったことではありません。終戦作戦を立案しても、その作戦を無視した咲楽の功績が世界を平和へと導いたのです。
「俺はそれがとても腹立たしい」
「それってクスタさんの私情ですよね!?こんなの八つ当たりみたいなものじゃないですか!」
「…」
咲楽の問いには答えず、クスタはお仕置きを始めました。
「にゃははははははははははははははは!」
※
「うふははははははははははははははは!」
酒場の二階から響く咲楽の元気な笑い声は、一階まで聞こえてきました。
「始まりましたねぇ」
咲楽の断末魔の叫びという店内BGMが流れる中、リリィはグラスを拭いています
内乱が治まったことで華の雫での活動は休止。リリィたちは鬼の雫に戻って、海岸のカルカクにいるオルド、ルーザ、アクリの帰りを待っている状況です。
「サクラちゃん、相変わらずいい声ね~」
アクアベールは咲楽の笑い声に耳を傾けながら、のんびりしています。
「この流れも、なんか懐かしいな」
ナキも上の階を見上げながら呑気にしていました。
「くすぐりの刑が一番うまいのはクスタなんだよな」
「悪趣味なあいつに相応しい技術だ」
本を捲りながら適当に返答するキユハ。
「二番目に上手いのはキユハだろうが」
「別物、相違…僕は手先が器用なだけだ」
「いいな~私も上手にサクラを笑わせたいな」
「お前は力を入れ過ぎなんだよ」
二人は咲楽をくすぐる話題で盛り上がっています。
実は前の旅でも英雄たちの間で、咲楽を上手にくすぐるための議論がありました。くすぐりは英雄たちのささやかな戯れなのです。
「ハツメもくすぐりを覚えれば、サクラお姉ちゃん喜んでくれるかな!」
話を聞いていたハツメが目を輝かせています。
どうやらこの笑い声が、断末魔であることに気付いていないようです。
「それはやめてあげようね、ハツメちゃん」
そんなハツメの好奇心を阻止するハト。
「それにしても…不思議な関係性ですよね、サクラちゃんと英雄の皆さんって」
ハトは改めて、咲楽とクスタの奇妙な関係性に疑問を抱きます。
「英雄たちの頭脳と呼ばれている“空漠たる英雄”さんが、あのサクラちゃんをくすぐっているなんて…すごい印象の差異を感じます」
「クスタは偽りの塊のような男だが、サクラにだけは心を開いているからな」
その疑問に総長が答えてくれました。
「女神の証を持つサクラには人を惹きつける魅力がある。しかしそれとは関係なく、クスタはサクラに対して特別な感情を抱いている」
「特別な感情…ですか?」
クスタの過去を知らないハトは興味深々です。
「まだアクリさんが帰って来るまで時間がありますし、ハトさんにお話ししましょうか。サクラさえ知らないクスタさんの過去話を」
その会話にリリィも加わります。
こうして咲楽たちは各自時間を潰しながら、アクリたちが帰ってくるのを待つのでした。