第188話 【平和への一歩】
こうして咲楽、アクリ、クスタの活躍により、ギルドの街ソエルの内乱は沈静化されました。
咲楽の料理作戦は予想以上の反響となり、その話題は崖下のカテンクだけに留まらず他の三拠点にも広まっています。
さらに咲楽はリリィたちと協力して料理レシピを書き残し、四拠点に無償で送りました。様々な事情で最低限の料理レシピしか残せませんでしたが、それは飲食業界を大きく震撼させるものでした。
咲楽がソエルを後にしても、残していった知識が料理文化を発展させてくれるでしょう。
そしてアクリの話題性は、料理以上のものでした。
ソエルでは有名人である英雄アーグの忘れ形見。その娘に一目会いたいと、多くの者たちが海岸のカルカクに集まりました。アクリはすぐ咲楽の元に帰るつもりでしたが、街の人たちに引き留められなかなか帰れません。
仕方がないのでアクリは、ほぼ一日を費やしてソエルの住人に付き合うことになりました。
最後にクスタの活躍ですが、裏で暗躍していただけなので話題にはなっていません。
因みに咲楽が提案した内乱イベント化計画は、一時保留となりました。まず内乱で乱れた秩序を整えなければ、その計画を実行するのは難しいでしょう。
しかし咲楽の案は、他国から支援に来ていた者たちを納得させる材料として役立ってくれました。内乱らしき争いを起こしたのには意図があり、負の感情を抱えた者たちをあぶり出す作戦だったことにしたのです。憎食み対策の一環ということにすれば、不信感を生むことなく他国も納得してくれるでしょう。
内乱が鎮静化されても街の各所で混乱が起きていますが、同盟賛成派の者たちが上手く収めてくれています。
他にも咲楽の作戦に協力してくれたハトやキユハたち。アクリを見守ってくれたソエルの住人。クスタに利用されたオルドとルーザ。
多くの者たちの協力が内乱解決に繋がったことを咲楽は忘れません。
※
「これにて一件落着ですね~」
酒場、鬼の雫のカウンター席に突っ伏す咲楽。
「本当にお疲れさま、サクラ」
リリィは果実水の入ったグラスを咲楽の前に置きます。
「まだ完全に解決ってわけじゃないけど、ギルドの街ソエルはようやく平和への一歩を踏み出したってところね」
「少しでも力になれてよかったですよ」
「あはは…少しね」
無自覚で謙虚な咲楽を見て、リリィは苦笑します。
「おい、サクラ」
そうこう話しているとクスタが来店しました。
「あ、クスタさん。海岸のカルカクの様子はどうでした?」
「アクリがいるうちは平和そのものだ。本人は大勢の大人を相手にして、かなり疲れた様子だったが」
「人気者は辛いですねぇ」
周囲からもてはやされるアクリの心労を、咲楽は身に染みて理解できました。今のアクリの人気度は、記憶封印がされていない時の咲楽に並ぶほどです。
「だが今日中にはこっちに帰ってくるはずだ」
「そうですか…なら旅の再開は明日ですね」
ギルドの街ソエルでやることをやり終えた咲楽は、アクリが帰ってきたら次の街へ向かう予定です。他にも咲楽にはやらなければならない用事が山積みとなっているので、ソエルに長居は出来ません。
「ところでサクラ、覚えているか?」
するとクスタは急に話題を変えます。
「はい?」
「想定外の要素を増やすなと言ったことを」
「…覚えてますよ。でも四回目を阻止したので、お仕置きはなしですよね」
これまで咲楽が増やした想定外の要素は三つ。
アクアベールの加入。
新種の憎食み発見。
ナキによるアクリの家来認定。
どれも咲楽の意図したものではありませんが、それ以上のやらかしはしていません。なのでお仕置きは回避されたはずです。
「…」
と思いきや、クスタは呆れた視線を咲楽に向けていました。
「………私、また何かやっちゃいました?」
身に覚えのない咲楽は冷や汗をかきます。
「サクラ…お前に俺の苦労が分かるか?」
「へ?」
「お前がハルカナからソエルに向かうと聞いた瞬間から、俺はサクラを迎えるためにどれだけ入念に準備してきたと思う」
行き当たりばったりの咲楽と違って、クスタは誰よりも先を見越して賢く立ち回る大人です。その影の努力は想像に難くありません。
「万全の準備で待ち受けていたのに、お前はとんでもないものを持ち込んできた」
「…」
「おかげで俺の計画は全て見直し。サクラが到着するまでの短い期間で、新しい計画を練り直さなければならなかった」
ここまでの話を聞けば、クスタが何を言いたいのか咲楽は分かってしまいます。
「えっと…つまり?」
「つまりサクラは既に、四つ目の過ちを犯しているということだ」
咲楽がやらかした四つ目…というより一つ目のやらかし。それはギルドの街ソエルに、アクリを連れてきたことです。