第185話 【クスタの計画】
再び場所は変わって崖下のカテンク、花の雫。
「忘れ形見って…じゃあオルドさんとルーザさんの言っていた恩人って、アクリちゃんのお父さんだったんですか!?」
アクリの正体が明かされ、咲楽は驚きの声を上げました。
「…」
「…」
オルドとルーザもかなり動揺していましたが、頭の中で冷静に情報を整理しています。
アーグの面影、ハルカナ出身であること、年齢の一致…それらの情報だけではアクリが恩人の娘であると断定できません。
しかし、あのクスタがそんな嘘を言うはずがありません。
それだけで可能性は十分でした。
とにかく本人に会って確認を取るしかないでしょう。しかもアクリは牢から脱走して行方知れずの状態なので、安否も気がかりです。もしアーグの娘に何かあれば、それこそ恩人に顔向けできません。
オルドとルーザは目を合わせ、急いで海岸のカルカクに向かいました。
「あ、おい…!」
情報屋も慌てて二人の後を追い、この場に咲楽とクスタだけが残ります。
「あの~クスタさん」
「なんだ?」
「そろそろクスタさんがしてたことを教えてくださいよ。私はもう何が何やら…」
先程のやりとりについていけず、咲楽は混乱気味です。
「ああ…そうだな。俺の計画を最初から説明するとなると、サクラがここに到着する前…亀の上でのやり取りまだ遡ることになる」
オルドとルーザを見送ったクスタは、近くの椅子に腰かけこれまでのことを話し始めます。
※
ハルカナ王国で咲楽と別れたクスタは、すぐ内乱をどうにかするために動き出しました。これまではソエルの不毛な争いに興味も湧かなかったのですが、咲楽を思い出してしまったらそうはいきません。
内乱を収める最善は反対派に降伏させることです。そこで問題になるのは、どうやって反対派全員を説得するかです。
反対派にはルーザのように強い意志で同盟に反対する者と、便乗して争いに加わった意思の弱い者の二種類が属しています。その二つは異なる志で活動しているので、双方を大人しくさせるには別々の手段が必要です。
(意思の弱い者共なら、サクラがどうにかしてくれるだろう)
咲楽が実行しようとしている娯楽作戦。
クスタはその概要をほとんど理解していません。ですが過去の旅で咲楽が持つ未知の可能性に何度も助けられてきたので、今回もきっとどうにかしてくれるだろうと信じていました。
(問題は強情なルーザと、カルカクの有力者共か…)
クスタがどうにかすべき相手は意思の強い者たちです。記憶封印により他人となってしまった咲楽では、ルーザたちを懐柔させるのは困難でしょう。
(ルーザたちを黙らせるには、実力行使で行くしかないな)
当初、クスタはかなり強引な手段で内乱を片付けようとしていました。強行手段に出なければ止めることが出来ない…それだけルーザたちは、内乱に対して特別な感情を抱いています。
(そろそろサクラがこちらに向かう頃か。あいつが想定外の要素を持ち込んでいないか、確認しておくか)
本格的な行動に出る前に、クスタは作戦の要である咲楽を迎えるため移動拠点グランタートルを訪問しました。
「クスタだ。よろしくな」
「あ、はい!アクリ・フリーライトです、よろしくお願いします」
「…」
そして咲楽はやってくれました。
ルーザたちの恩人の忘れ形見という、最高の人材を連れて来てくれたのです。
※
「反対派リーダーのルーザと、反対派に与する海岸のカルカク代表のじじいはアーグに返しきれない恩がある。その娘であるアクリに会わせれば確実に心が揺らぐ」
「なるほど…」
咲楽はクスタの計画の大筋が読めてきましたが、まだ腑に落ちない点があります。
「じゃあアクリちゃんが誘拐されたのも、クスタさんの計画通りなんですね」
「その通りだ」
「どうしてアクリちゃんを一人で行動させるなんて、危ない手段をとる必要があったんですか?」
一連の誘拐事件、それが本当に必要なことだったのか咲楽は疑問でした。
「わざと誘拐させたのは、反対派の急所に最も有効な場面でアクリを送り込むためだ」
「反対派の急所?有効な場面?」
まだ分からないことだらけの咲楽に、クスタは順を追って説明を続けます。
「急所とは反対派の頭、カルカク代表のじじいが拠点としている場所だ。本人に直接アクリを会わせる方が効果的だからな。一人で行かせたのは同盟賛成派や俺たちがアクリに同伴していたら、こちらの魂胆がバレてあの頑固じじいが意固地になってしまう」
「だとしても、アクリちゃん一人だけだと不安ですよ」
「その辺りも抜かりない。目的地まで無事辿り着けるよう、俺の部下をカルカクに配置して誘導させている」
海岸のカルカクでアクリが不自然なほど住人に声をかけられていたのは、クスタから命じられていたからでした。
「ついでに誘拐という過ちをルーザに犯させれば、罪悪感を植え付けられる」
「うわ…」
恩義を利用した陰湿な手段に咲楽は引いています。
「そして有効な場面だが…それはサクラの活動の効果が出始める頃合いだ」
「私の活動ですか…」
そこでふと咲楽はこう思いました。
アクリが内乱解決のキーマンになっているのなら、自分の活動に意味があったのかと。
「アクリちゃんがいれば、私が料理を振舞う意味はなかったんじゃないですか?」
「いや、反対派の全員がアーグに恩があるわけではない。サクラの行動は反対派の過半数を大人しくさせるには必要なことだった」
反対派の意思の弱い者たちは頭数だけは揃っています。数と勢いだけはあるので、ルーザたちよりも厄介な集団でした。
しかし所詮はルーザたちがいなければ声を上げることも出来なかった半端者の集まり…そんな者たちを料理で黙らせるのは容易です。
「反対派に属する二つの志を、サクラとアクリの力で同時にねじ伏せる。奴らに考える暇も、抵抗する隙も与えず無力化する。オルドとルーザが海岸のカルカクに着く頃には、もう停戦の空気になっているはずだ」
「うーん……相変わらずお見事ですね」
咲楽は素直に感心していました。
何もかもがクスタの思惑通り、そしてそのことに最後まで誰も気付けない…まさに“空漠たる英雄”らしい仕事ぶりです。
「でもこれだと…反対派の皆さんは敗走の気分でしょうね」
しかし、咲楽にはまだ心残りがありました。
恩人に屈し、料理に屈し、反対派は誰の目から見ても惨敗。このまま内乱を収めても大団円にはならないでしょう。
「当然だ、争いとは勝者と敗者を決めるものだぞ」
クスタはそう言い捨てます。
「あの…そこで私に提案があります」
ですが咲楽は反対派を擁護しつつ、この内乱を後腐れなく終わらせるプランを用意していました。