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第184話 【恩人を悼む気持ち②】




 場所は変わって海岸のカルカク頂上。


「これが…私のお父さん」


 アクリは改めて英雄の像を見上げました。

 アーグが戦死したのはアクリがまだ一歳の頃なので、初めて父親の姿を知ることになります。


(この子が、アーグが話していた最愛の娘だと…?)


 そして親っさんはアクリの正体を知って面食らっています。まさか会いたくても会えないと思っていた恩人の忘れ形見が、何の予兆もなくここに訪れるとは思いもしませんでした。


(でまかせか?いや…この娘がそんな嘘をついている様には見えん。それにあの髪型に顔立ち…言われて見れば微かに面影がある)


 アクリの容姿は母親似ですが、瞳の色や髪型など僅かな特徴は父親から引き継いでいます。その特徴を見逃すほど親っさんの目は節穴ではありません。


「…親っさんは、お父さんの知り合いなんですか?」


 アクリは詳しい話を親っさんに尋ねました。

 父親については母親から聞かされた話しか知らず、ロベリア戦争についての詳細はハルカナ王国にはほとんど伝わっていません。


「ああ…ロベリア戦争が起きる一年前、彼は唐突に我々の前に現れた」


 親っさんは心の動揺を鎮めつつ、アーグとの出会いを語り始めます。


「そして非道なロベリア王国から解放する手助けをしたいと言ってくれた。それから我々は貴族の目を盗み、ロベリアから亡命する計画を立てた。その合間によくアーグから愛娘の話は聞かされた」


「それって私のことですか?」


「ああ…もう耳にタコができるほど聞かされたさ」


 当時を思い出して苦笑する親っさん。


「ここに集まる者たちは、アーグによって救われた命だ。とても立派な英雄だったさ」


 その言葉に多くの者が頷きます。

 父親であるアーグは、ここの住人にはかなり慕われているようです。まるで咲楽を慕う英雄たちのようでした。


「…」


 そんな父親を誇らしく思うアクリですが、あることを思い出します。ここに集まっている者たちは四大勢力の平和条約に因縁をつけ、同盟反対派となって内乱を起こしているのです。


「皆さんは、どうして四大勢力の同盟を反対してるんですか?」


 唐突なアクリの問いかけに、この場の空気が張り詰めます。


「もしかして…殉職した父の意思を継いで、争いを起こしたんですか?」


「そ、それは違う!」


 親っさんはすぐ否定しました。


「アーグは誰よりも世界の平和を望んでいた。それだけは誤解しないでくれ」


「じゃあどうして…?」


 内乱を起こした動機に自分の父親が関係しているのなら、アクリにとっても他人事ではありません。どうしてもその真意を聞きたくなりました。


「それは…アーグの記憶を風化させたくなかったからだ」


 英雄の像を見上げながら、親っさんは寂しそうに続けます。


「戦争を終わらせた八人の英雄は確かに偉大だが、俺たちにとっての英雄はアーグだけだ。だが憎断ち戦争に比べれば、ロベリア戦争など長い歴史の中にある戦争の一つでしかない。しかもアーグの活躍は人民の避難に協力した、言ってしまえば陰の功労者…他国から認知されないのも仕方がない」


 親っさんは悔しそうに拳を握ります。


「だが俺はそれが許せなかった!だから俺たちは支援という名目で余所から来る奴らに言ってやった…“俺たちが生き延びたのはロベリアの英雄がいたからだ”とな。それが内乱の引き金になってしまったんだ」


 英雄アーグについて語るとなると、どうしても帝都フリムの理不尽な侵攻を非難する声も混じってしまいます。


 他にも外国の者を受け入れられない理由は、ソエルの住人なら掃いて捨てるほどあります。そんな声が集まった結果、内乱を生み出してしまったのです。


「アクリだって寂しいだろう?命をかけて終戦に貢献した父親が、称えられることなく歴史から忘れ去られるのは…これではアーグも浮かばれない」


「…」


 父親との思い出がないアクリは、忘れ去られることに関してアーグがどう思っているのか分かりません。しかし、アクリは自分なりの答えを持っています。





「お父さんはとても大らかな人だって、お母さん言ってました」


 いつか聞かされた母親の話を思い出すアクリ。


「人を幸せにすることが自分の幸せに繋がると言って、だから戦場に身を置くことを選んだと聞いています」


「ふむ…」


 母親の言う通りだと親っさんは頷いています。


「確かに忘れ去られることは寂しいかもしれません…けど、父さんはそんなこと気にしないと思います」


 知らなかった父親の人生を知ったアクリは、そう言い切りました。

 世界平和を望み、立派な戦果を残しながらも歴史に名が残らない…そんなアーグの境遇は咲楽にそっくりです。


 アクリは二人の英雄としての生き様を重ねていました。


 咲楽は九人目の英雄として多くの戦果を残しましたが、記憶封印によりそんな栄誉は忘れ去られてしまいました。そのことでたまに寂しがる時もありますが、八人の英雄と仲間たちが覚えていてくれるだけで咲楽は満足でした。


「私もお母さんも、オルドさんとルーザさんも、ここに集まる皆さんも生きて終戦を迎えることが出来ました。皆さんがお父さんのことを忘れないでいてくれれば、それで十分だと思います」


 そうあって欲しいとアクリは強く望みました。


「その…私はお父さんに会った記憶がないので、これは想像でしかないです。でもお父さんが争うことを望む人ではないと思います」


「………」


 アクリの気持ちを知った親っさんは、押し黙ったまま腕を組みます。


 反論できないのはアクリの主張が正しいからだけではありません。この場で最も重要なことはアーグの本心ではなく、目の前にいる恩人の忘れ形見が争いを望んでいないことです。

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