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第182話 【忘れ形見】




 アクリが脱出しているその間、咲楽たちは花の雫で活動していました。本日はソエルにとって休日なので、職場には行かず朝から店を開店しています。


「本日の新メニューはローストビーフ、ブルスケッタ、野菜たっぷりピザですよ~」


 咲楽はオリーブオイルを使用して、洋食を中心に新しい料理を次々と生み出していました。そしてどの料理も好評です。


「ふぅ…今日も大忙しですね」


「ええ、頑張りましょう」


 ハトとリリィも喜んでくれる人のため、そして咲楽のためにと気合を入れて働きます。


「すみませーん、注文いいですか」


 時刻はお昼頃なので、料理の注文はひっきりなしです。花の雫は料理人の人手は足りていますが、接客の人員はどうしていたのでしょう?


「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ~」

「…」


 そこでハツメ、アクアベール、キユハがウェイトレスを引き受けてくれました。


「理不尽…なんで僕まで働いてんだ」


 もちろん面倒くさがりのキユハは働きたくないので愚痴をこぼしています。


「だって今回、キユハちゃんあんまり活躍してないじゃないですか」


「裏で調理の手伝いしただろ」


「でも裏方じゃないですか。だから表で出番を用意したのです」


「不用、不満…ナキだって大したことしてないのに、客として飯食ってるぞ」


「ナキちゃんはあれでも偉い人ですからこき使えないですよ。それよりこちらの料理、三番卓に運んでください」


「はぁ…」


 そんなこんなで花の雫は大盛況です。


「サクラ」


 すると咲楽の背後から声がかかります。

 振り向くとそこにはクスタがいました。


「あ、クスタさん。今までどこに行ってたんですか?」


「説明は後だ。取りあえずついてこい」


「どこにです?」


「内乱も大詰めに近い…お前はその瞬間に居合わせるべきだ」


「え、もうそんな段階なんですか!?」


 花の雫で活動を始めてからまだ数日しか経っていないのに、一体何が起きていたのか。自分の知らない所でクスタが何をしていたのか、咲楽はまったく理解できていません。


「だったらきちんと説明してくださいよ」


「それは向こうで話す。いいから来い」


 説得が面倒になったクスタは、咲楽を荷物のように脇に抱えて連れ出そうとします。


「も~相変わらず強引……ハトさん、リリィさん。ちょっとの間だけクスタさんに攫われるので、厨房をお願いします」


「は~い」

「は~い」


 ハトとリリィに見送られ、咲楽はクスタに持ち運ばれて行きました。


 



 人で賑わう花の雫の様子を遠くの席から眺めるオルド。


「いい眺めだ…」


 咲楽の活動のおかげでピリピリとしていた街の空気が和らぎ、終戦した一年前のような平和が訪れていました。反対派に所属している荒くれ者共は、料理が振舞われるこの空気を壊したくないのか大人しいものです。


「随分と羽振りがいいようね、オルド」


 すると、ある人物がオルドの前に現れました。


「ルーザか…お前もここの料理を食べに来たのか?」


「違う」


 現れたルーザはしかめっ面のまま、オルドの対面の席に座ります。


「あの娘がこちらの手中にあること、忘れてない?」


「やれやれ…すっかりアクリを人質扱いだな」


「もう少し自重してもらわないと、こっちも強攻策に出ざるを得ないわよ」


「…」


 料理で賑わう広場の隅で睨み合う二人。

 そんなピリピリとした空気を感じ取り、周囲の人々は距離を置いています。


「相変わらず仲がいいな、お二人さん」


 そんな二人の領域に物怖じせず踏み込むのは、咲楽を抱えたクスタです。


「ようやく姿を現したわね」


 現れたクスタを睨むルーザ。


「やっぱりあの活動はあんたの差し金か…中立の約束はどうした?」


「下らん言いがかりだな。あの活動がお前らに何かしたか?」


「…」


 返す言葉が見つからず、ルーザは無言になります。

 咲楽たちがやっていることはただの奉仕活動です。それに反対派にも差別なく料理を振舞っているので、後ろめたいことはしていません。


「ルーザ、報告がある」


 すると今度は反対派の情報屋がルーザたちの前に現れました。


「なんだ?」


「それが…」


 情報屋はクスタとオルドを警戒して口を噤みます。


「構わない、そのまま話して」


 ですがルーザは報告を続けさせました。


「ああ…実はあの例の娘、アクリが牢から脱走していた」


 その報告を聞いてルーザとオルドは眉をひそめます。


「どうやってあの牢から脱出を…?」


「おいおい、大丈夫か?海岸のカルカクの作りはこっちよりも雑だ。慣れてない奴が歩き回ると、足を踏み外して海に落っこちるぞ」


「そんなことわかってる。すぐ捜索隊を動かすわよ」


 二人にとってアクリを危険に巻き込むことは本意ではありません。


(アクリちゃんが脱走?大胆な子ではありますけど、一人でそんな強行手段に出るなんて…妙ですね)


 対して咲楽はある違和感を覚えます。

 前のアクリなら汚れた魔物が相手でも果敢に挑んでいましたが、今はもう一人でそんな無茶はしないはずです。


「何と言うことだ…それは一大事だぞ、ルーザ!」


 アクリが脱走したと聞いて、今までずっと平静だったクスタが取り乱していました。


(演技くさい…)


 そんなクスタのリアクションが演技であることを見抜く咲楽ですが、何も言わず成り行きを見守ります。


「ルーザ、まさかお前があんな子供に手を出すとは思わなかった」


「別に危害は加えてないわよ」


「不可抗力であっても、あの娘に何かあったら大事だぞ」


「なによ…あの娘が何だって言うの?」


 事態の深刻さに気付いていないルーザに、クスタはこう告げました。




「あの娘はお前らの恩人の、大切な忘れ形見なんだぞ」




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