第178話 【働かざるもの食うべからず】
花の雫で活動を始めた次の日。
「しばらく皆さんのために食事を用意することになりました」
咲楽は料理を用意して、街の復興に働く人たちの仕事場に顔を出します。
「助かるぜ、お嬢ちゃん」
「それにしても旨いな…どうなってるんだ?」
「これから休憩時間が待ち遠しくなるな」
力仕事で働く男たちにとって、栄養のある美味しい食事は何よりも嬉しいものでした。
本日咲楽が振舞っている料理は、パンとビーフシチューです。
万能ソース、旨味の粉末、ソエルのワインがあれば専用ソースがなくとも美味しいビーフシチューを再現することが可能です。海産物は反対派の影響で品薄状態ですが、野菜や肉は他の三拠点から新鮮なものを仕入れることが出来ました。
「ハルカナとフリムから来た方もどうぞ~」
咲楽は他国から支援に来た人々にも声をかけます。
「…え、いいのか?」
他国から支援に来た人々は恐る恐るといった様子です。内乱が起きているこの現状なので、これまで肩身の狭い思いをしてきたのでしょう。
「当たり前っス。私たちはもう仲間なんスから」
「むしろ歓迎できなくて申し訳なく思っていた」
スズハとクマツキが後押しします。
「私の故郷には“同じ釜の飯を食う”という言葉があります。私の料理を食べたら、みんな仲間ですよ」
そういったことわざが地球にありますが、料理やお酒を囲うのはお互いの距離を縮めるにはもってこいの方法です。
「それにしても相変わらず旨いっスね、サクラの料理は。これをソエルの食材だけで作ってるんだから驚きっス」
スズハは柔らかく煮込まれたビーフシチューの肉を頬張ります。例え食文化が違えど、ソエルの食材をふんだんに使ったシチューは絶品です。
「一つだけ、ソエルにないものを入れてありますよ」
「へぇ、なんスか?」
「私の気持ちです。復興で頑張る皆さんを思って、丹精込めて作りましたから」
そう言って働く者たちに微笑みかける咲楽。
「…なんだこの純真無垢な少女は」
「本当にあの総長の娘かよ」
「よく戦時中、こんな清らかな心の子が育ったな」
咲楽の厚意と女神様の魅力が合わさり、働く者たちは心の底から和みます。
「…あれ?お前、反対派だろ。なに混じってんだよ」
「ぐ…」
そんな穏やかな輪の中に混じる同盟反対派の数名。
花の雫は基本的に夜しか営業しておらず、明るいうちは復興に働く人々を支援する活動が中心です。なので美味しい料理を手に入れるには、ここで振舞われる料理をこっそり手に入れるしかありません。
見つかった者たちはそそくさと立ち去ろうとします。
「ちょっと待てよ」
そんな反対派の肩を抱いて捕縛するクマツキ。
「まさかタダ飯食らう気か?食った分は働けよ」
「お、俺らは反対派だぞ!?」
「それ以前にソエルの住人だろ。まさかソエルの盟約を忘れちまったのか?」
「うぐ…」
クマツキに捕獲され、なすすべのない反対派。
「お仕事を終えたら、皆さんで花の雫にいらしてください。美味しい料理を作って待ってますよ」
そんな反対に対しても、咲楽は優しく微笑みかけます。
「…」
反対派の面々は咲楽の提案に抗えませんでした。
この場にはもう賛成派、反対派、敵国もありません。あるのは復興のために手を取り合い、美味しい料理を囲う仲間だけです。
※
「…と、反対派の若い衆が料理に釣られてしまった」
そんな崖下のカテンクの様子をルーザたちに報告する情報屋。
「ギルド盟約にある“働かざるもの食うべからず”に乗っ取り、料理を口にした奴らは街の復興に協力させられている。しかも旨いものを食った奴らはまんざらでもなさそうなんだ」
ソエルの盟約には“なんでもあり”というアバウトなものが含まれているので、住人が盟約に縛られることはありません。
自分の道は自分で決める…なので料理に釣られてしまったのは、本人たちの意思です。
「その例の料理を持ってきたぞ」
情報屋はカテンクで販売されていたタコ料理をルーザたちに配ります。因みにこれは支援者に振舞われたものではなく、お金を出して購入したものです。
「…旨いな、タコのくせに」
「まさかタコがこんな料理に変わるとは」
「これじゃあタコを渡しても逆効果だぜ」
反対派の面々は、タコ料理のあまりの美味しさに衝撃を受けています。
「巻き込まれたのは同胞だけではない。海産物の流通を独占している反対派に対して、今まで黙っていた住人共から批難の声が上がっている。もっと新鮮な食材をこちらに寄こして調理させろ…とな」
あのタコでさえ美味しく調理してしまうのです。新鮮な魚介類が花の雫に届けば、どれだけ美味しい料理に変わるのか…その期待が今まで内乱を傍観していた者たちを動かしました。
「しかもこうして手軽に持ち帰れるから、四拠点でも話題になり始めている。数日経てば、カテンクは人で溢れかえるだろうな」
美味しい物は伝染する。
だからこそ咲楽は、手軽にお持ち帰りできる料理を優先して広めていったのです。
「それとこの料理…その場で熱々のまま、お酒と共に食べるのが最高に旨いんだとよ」
「…」
店内の誰かが喉を鳴らし、お腹の鳴る音も聞こえました。食の喜びを知ってしまえば、頭で否定しても体は正直に反応してしまいます。
「食べたかったら、行ってきても構わないわよ」
そう言って集まるメンバーを見回すルーザ。
ですが料理に屈するということは、反対派にとって降伏を意味します。
「…それはいらない心配だな、ルーザ。便乗して反対派に加入した意思の弱い奴らと違って、俺たちは覚悟して反対派に加入している」
貫禄のある男がそう言うと、多くの者が頷きました。
反対派は極端に分けて二種類…平和条約に納得がいかず覚悟して同盟に反対する意志の強い者と、便乗して争いに加わった意思の弱い者で構成されています。
大した信念のない者たちならともかく、固い決意を持つ者たちが料理に釣られて反対派を裏切ったりはしません。
「そう……とにかく、この状況は放置できないわね。同士を集めるわよ」
この事態は内乱が始まって以来、初の一大事です。ルーザは海岸のカルカクに散らばる同士を集めるため、鐘を鳴らしに向かいました。