第176話 【ルーザの葛藤】
咲楽が活動を始めたその頃。
「………」
海岸のカルカクの酒場で、ルーザは器に入っている味気ないお酒を眺めながらボーっとしています。
「ルーザの奴、帰って来てからずっと考え込んでるな」
そんなルーザの様子を遠巻きから見守る反対派の仲間たち。
「あいつがああなるってことは、昔のことを思い出してるのかもな」
「昔?」
「俺も詳しくは知らないが…この街には二人の英雄の他に、もう一人英雄がいることは知ってるな?」
「もちろん。ロベリア戦争の英雄だろ」
「オルドとルーザは、そのロベリアの英雄と強い絆があったらしい」
「そうなのか?初耳だ…」
「二人は過去を語りたがらないからな」
ギルドの街ソエルには、ナキとクスタの他にもう一人英雄がいます。それがオルドとルーザにとっての恩人です。
「…」
そして仲間たちの予想通り、ルーザは昨日行われた鬼の雫でのやりとりからずっと恩人のことを考えていました。
(久しぶりに指輪の話をしたから、色々思い出してしまったな。あいつが今の私を見たら…落胆するかしら)
ルーザは恩人と交わした最後の会話を思い出します。
“落としたら大変だからな、その指輪はお前らに預けておく”
二人はその恩人から指輪と意思を託されていました。それなのにルーザは、託された意思とは正反対の内乱を起こしているのです。
(わかっている…いつまでも四大勢力の同盟にケチをつけたって、何にもならないことは)
ルーザは自分の行動が愚かであることを自覚していました。
そして争いはいつか、取り返しのつかない事態を引き起こしてしまいます。そんな大事にでもならなければ争いを止められない…それが人間というものです。
※
日は沈み反対派が集まる酒場に情報屋が現れました。
「ルーザ、報告したいことがある」
「賛成派に動きでもあったの?」
「いや…これが同盟賛成派の思惑なのか、判断しづらいのだが…」
「?」
妙に歯切れが悪い情報屋。
「今、崖下のカテンクで食べ物が広まっている」
「…それがどうかしたのか?」
拍子抜けする内容に他のメンバーが口を挟みます。
「俺たちが送りつけてるタコで、見たことのない料理を生み出しているんだ」
「あのタコをね…確かに気にはなるが、それが何だってんだ?」
「いや、その広まり方が異常なんだよ!」
「ふーん」
情報屋の報告に無関心のメンバーたち。食べ物ごときで大袈裟だと、軽く見ているのでしょう。
(料理か…)
ですがルーザだけは胸騒ぎを感じていました。
何故ならルーザは咲楽が持ち込んだ料理とお酒を味わっているからです。あのようなものが賛成派を中心に広まれば、どのようなことが起きてしまうのか…その可能性は未知数です。
「情報屋、明日またその料理を作る一派を探ってほしい。可能ならその食べ物を持ち帰ってきて」
たかが料理とルーザは侮らず、慎重に咲楽たちの行動を探ることにしました。