第175話 【料理で国おこし】
酒場の接客を終えた次の日。
「それで、この料理にはこれを使用します」
「ふむふむ…意外な組み合わせね」
「やっぱりサクラちゃんの知識は勉強になるね」
スズハがお店の修理と調理器具の用意をしている間、咲楽とリリィとハトの三人は鬼の雫で作る料理の使用食材と調理法について確認しています。
「おつかれっス」
するとスズハが顔を出しに来ました。
「花の雫の修理、完了したっスよ」
「え、もうですか?」
現在の時刻はまだ正午。
昨日の夕方ごろ依頼したのに、もう咲楽の依頼を達成してくれました。
「流石はスズハたちね、仕事が早い」
その仕事ぶりを賞賛するリリィ。
「私ら大工組合のモットーは迅速かつ丁寧にっスからね」
この街を作った伝説の棟梁の弟子という肩書は伊達ではありません。
「それとサクラから注文された調理器具も作って運んでおいたっス」
「ありがとうございます!」
「でもあんな形の道具、何に使うんスか?」
「ふふ…料理が完成してからのお楽しみです」
咲楽は得意げな笑みを浮かべます。
スズハに依頼した調理器具は、タコを使うならまず思いつく定番料理を作るためのものです。もちろんこの世界には存在しない料理なので、振舞った時のリアクションが期待できます。
「じゃあ少し早いですけど、これから花の雫で料理に取り掛かりましょうか」
予定を前倒しして、咲楽たちは花の雫へ向かうことにしました。
※
そして場所は変わって、花の雫。
お店の厨房には必要な食材と調理器具が全て揃っています。広い店なので厨房も広く、四人が入っても窮屈にはなりません。
「これがタコ…なんだか不気味な見た目ね」
集めた食材と物資の確認中、初めて見るタコを指で突っつくハト。
「ハトさんは海の幸は初めてですよね」
「ええ…森育ちの田舎者でして」
「正式名称は“クラーケン”といって、大型だとCランクの魔物に指定されています。港では魚を食い荒らす上、繁殖力も強いので駆除対象となっています。食べ物としては味、触感、見た目も不人気の嫌われ者ですよ」
リリィがタコの生態をハトに解説してくれます。
「それでサクラの指示通り、大量にタコを仕入れたけど…本当に大丈夫?」
どうやらリリィもタコが苦手なようで、不安そうです。
「もちろんです!タコの美味しい魅力を皆さんにお伝えします」
咲楽は既にタコを調理して、美味しく食べる手段を確認しています。さらにハト特製の調味料とスズハに発注した調理器具があれば、地球の料理を再現することが可能です。
「それでは、調理開始です!まずはタコをメインに三品作ってみましょう」
国おこし作戦第二弾、ついに始動です。
※
時は進んで夕方。
街の復興で働く男たちは、そろそろお腹を空かせながら帰り支度を整える頃です。
「今日も仕事疲れたな~」
一仕事終えて大きく伸びをする大柄な男性は、スズハと同じく伝説の棟梁の弟子であるクマツキといいます。
「おーいクマ。今日は私の飲みに付き合ってほしいっス」
そんなクマツキに声をかけるスズハ。
「なんだ、スズから誘うなんて珍しいな」
「今日の午前中に修理した建物でリリィが店をやってるから、一緒に行くっス」
「ああ…リリィの店か。別に構わねえが」
クマツキは紙巻煙草に火を付けながらスズハの後に続きます。二人は本日の仕事場である参階から昇降機を使って壱階に降りました。
「…ん?なんか嗅いだことのない、いい匂いがする。それになんだあの人だかりは?」
壱階に降りると、クマツキはすぐ異変に気付きます。普段から人通りの多い壱階が、花の雫を中心にいつも以上に賑わっていたのです。
「サクラの料理を食べた時から期待してたけど、これは想像以上っスね」
その人だかりの中を進み、花の雫の前に到着するスズハ一行。
「お持ち帰りの方、お待たせしました~」
するとタイミングよく咲楽がお店の中から出てきました。
「お~い、サクラ」
「あ、スズハさん。いらっしゃいませ」
「繁盛してるようっスね」
「おかげさまで。スズハさんの席、取ってありますよ」
スズハたちを店内のテーブル席に案内する咲楽。
「なぁスズ。あの娘は誰だ?」
クマツキは小声で、初対面である咲楽について尋ねます。
「ほら、前に噂になってた総長の娘っスよ」
「あれって本当だったのか?にしては似てないな…」
「複雑な事情があるっぽいから、詮索はやめるっスよ」
スズハの記憶封印は解かれていませんが、大方の事情をリリィから聞かされています。
総長の娘であるという誤報をわざと流したこと、英雄たちと深い繋がりがあること、そして総長たちには咲楽に返しきれない恩があることなど……様々な疑問を無視してスズハは咲楽を受け入れてくれました。
「ご注文は何にいたしますか?」
咲楽は水の入ったグラスをテーブルに置きつつ注文を伺います。
「それじゃあ試作品じゃない、完成した料理を適当に頼むっス」
「かしこまりました~」
注文を承った咲楽は、軽快な足取りで厨房へ向かうのでした。