第174話 【酒場で接客➂】
しばらくオルドとルーザは口論を続けましたが、結局お互いに相容れませんでした。
「さて、話のタネは尽きたみたいね」
美味しい物を食べて言いたいことを言ったルーザは意気揚々と立ち上がります。
「はぁ…」
上機嫌なルーザに対してかなり疲弊した様子のオルド。どうやら今回の対談は、反対派であるルーザが優勢だったようです。
「リリィ、ご馳走さま。また口論したくなったら来るわね」
「ええ。ただ…今度来る時は、口論は起きないでしょうね」
「…?」
リリィの不可解な言葉が気になったルーザですが、この時は深く考えずこの場から立ち去ろうとします。
「あの、ルーザさん」
すると咲楽はルーザを呼び止めました。
「何かしら?」
背を向けたまま足を止めるルーザ。
この時、咲楽はどうしても聞いておきたいことがありました。
「その…例の指輪はどうしたんですか?」
咲楽がそう言った瞬間、ルーザから息を吞む声が微かに聞こえます。
「…何の話かしら?」
ですがルーザは白を切りました。
「もし終戦したら、恩人から預かっている指輪をハルカナ王国に届けるんですよね。もう届け終わったんですか?」
「…」
ここでルーザは確信したのでしょう、振り返って咲楽を見ます。ずっと悠然としていたその表情は険しいものに変わっていました。
(指輪…?)
そのやりとりにリリィはついていけてません。ルーザが心を開いているリリィですら、指輪について何も知らないのです。
「サクラ…どうしてあの指輪のことを知っている?」
しかしオルドはルーザと同じ反応を見せています。
咲楽が口にした指輪について詳しく知っているのは、前の旅で結束した咲楽、オルド、ルーザの三人だけです。
ですがオルドとルーザは結束した頃の記憶を思い出していません。なので二人しか知り得ない秘密を、咲楽という面識のない娘が何故か知っているという状況になっています。
(オルドが喋った訳ではない…なら情報源はどこだ?まさかクスタが知っていて、それをこの娘に話したのか?)
咲楽についての情報が不足しているルーザは、このような結論を出すしかありません。
「…部外者のあなたには関係のないことよ」
ルーザは冷たい言葉を残して、酒場を後にしました。
※
「はぁーびっくりしました」
店内の張り詰めた空気が抜けて咲楽は肩の力を抜きます。ルーザとは今回が初めての対面となりますが、かなり緊張感のある挨拶となってしまいました。
「リリィさんも、ルーザさんが来るなら教えてくださいよ」
「ごめんごめん。それより、さっきの話なんだけど…」
適当に謝りつつリリィは、先程の不可解なやりとりについて尋ねようとします。
「ごめんなさい、リリィさんには話せないんです」
「どうして?」
「これはオルドさんとルーザさんの秘密だからです」
記憶封印により忘れ去られたとしても、咲楽は三人で交わした約束は破りません。
「リリィ、少しの間だけ席を外してくれないか?」
するとオルドが二人の会話に割って入ります。その様子は、ルーザとの対談以上に真剣でした。
「ん…わかった」
事情を察したリリィは大人しく厨房の奥に消えていきました。
「…指輪の件について、聞きたいことがあるのだろう?」
二人きりになったところでオルドは話を始めます。
「あの指輪…まだルーザさんが持ってるんですか?」
咲楽がそう問いかけると、オルドは懐から金色のシンプルな指輪を取り出しました。
「オルドさんが持ってたんですね」
「ルーザが反対派を立ち上げると決めた時、俺に預けにきた。この指輪を見ていると、あの人のことを思い出して後ろめたくなるのかもな」
「持ち主のいるハルカナ王国へ届けに行かないんですか?」
「届けたくてもこんな状況でソエルを留守には出来ない。それに…可能ならルーザと和解して、二人で行きたいんだ」
「そうですか…大切な約束ですものね」
「…」
咲楽の反応を見て、オルドの疑念は更に膨らみます。
「サクラ…お前は会った時から不可解なことだらけだったが、どうして俺とルーザしか知らない秘密まで知っている?しかもまるで、俺たちと秘密を共有していたかのような口振りだ」
「う…」
どう説明するべきか咲楽は迷います。
つい聞きたいことを優先してしまい、記憶封印の辻褄を無視して喋りすぎてしまいました。それだけ指輪には深い事情があるのです。
「その時が来たら、全てお話します」
本当はこのタイミングでオルドの記憶封印を解除して全てを打ち明けたかったのですが、クスタに無断でそんなことは出来ません。勝手なことをすればクスタから許された想定外の行動の最後の一つを犯してしまいます。
「遅かれ早かれ全てを知ることが出来るなら、それでいい」
オルドはこれ以上咲楽に言及しても困らせるだけと話を切り上げました。オルドが抱えているモヤモヤが晴れるのは、やはり内乱が解決した後だけです。