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第173話 【酒場で接客②】




 二人目のお客、ルーザは躊躇いなく店内に足を踏み込みます。


「いらっしゃい、ルーザ」


「…」


 予想外の来客に咲楽は動揺していましたが、リリィとオルドはまったく動じていません。どうやら二人はルーザが来ることを知っていたようです。


「随分と小さい従業員を雇ったのね、リリィ。もしかしてリリィと同じ異種族?」


「サクラは皆さんと同じ人間の女の子ですよ」


「…その子がクスタの言っていたサクラか」


 ルーザはまず咲楽に目を付けます。


「は、初めまして…」


 ルーザに向けて頭を下げる咲楽。


(リリィさんが私をここに呼んだのは、こういうことですか)


 この場はまるで、内乱の代表が集まって行われる秘密裏の対談です。その話し合いに咲楽を加えることがリリィの魂胆でした。


「ええ、初めまして。心得ていると思うけど、ここでのやり取りを他言したら駄目よ?」


「は、はい。存じています」


 記憶封印が解かれていないルーザは咲楽を警戒していました。ルーザにとって今の咲楽は、何故か英雄から寵愛を受ける謎だらけの危険人物です。警戒心を抱くのは当然でしょう。


「さて…」


 咲楽との挨拶を終えると、ルーザはオルドの隣であるカウンター席に腰かけました。


「…」


「…」


 対立中である同盟賛成派のオルドと反対派のルーザが揃い、ピリピリとした空気が店内に充満します。


「…ここにいたアクリという娘、攫ったのはお前らだろ」


 先に沈黙を破ったのはオルドでした。

 話題はもちろん、行方不明になっているアクリの件です。


「さて、何のことやら」


 わざとらしくとぼけるルーザ。


「解放してやれ、子供を巻き込んでまでやる意味があるのか?」


「そっちが妙な企みをしなければ、私たちも大人しくしてるんだけど」


「復興の邪魔をしといて何が大人しくだ…何時までこんなことを続ける気だ?」


「私たちの心に空いた穴が塞がるまでかしら」


 これまで起きた騒動を中心に口論を繰り広げるオルドとルーザ。


(うーん…喧嘩している姿は、昔とそれほど変わってない)


 そんなオルドとルーザのやりとりを見て、咲楽は懐かしい気持ちになります。


 二人は昔からこの調子です。周囲からは“喧嘩するほど仲がいい”と囁かれるほど、お互いに遠慮なく意思をぶつけられる信頼関係がありました。


 ですが二人は本気で対立したことはありません。

 オルドとルーザは同じ故郷で生まれ、悲しい境遇を得て、一人の恩人に救われ、共にギルドの街ソエルで人生をやり直し、お互いに助け合いながら戦場を生き抜いてきました。


 まさに一蓮托生の戦友です。


 なのでこの内乱は、二人にとって初めて極端に対立した争いとなります。


(オルドさんとルーザさんは決して意思を曲げない、だから引き下がることが出来ない。この内乱の…振り上げた拳を下ろす方法、それが和解の鍵になりそうです)


 どうすれば両者が納得のいく形で内乱を収められるか。この件はクスタに任せると決めていましたが、咲楽は自分にしか思いつかない発想で解決案を模索します。





 その後も、二人の口論は長々と続きます。


「それは譲れない」


「だったら私も引き下がらない」


 ですが話し合いは平行線。

 やはりオルドとルーザは自分の意思を曲げません。


「…ルーザ、何かお飲みになる?」


 二人の口論がヒートアップしないよう、リリィはタイミングを見計らって言葉を挟みます。


「敵と同じ酒を飲む気にはなれないわね」


 敵意剥き出しのルーザはお酒を遠慮しました。

 このギルドの街ソエルにも地球と同じように、お酒を酌み交わすことで仲を深める文化があるようです。


「オルドは飲まないそうですよ」


 それを予期していたのかオルドはお酒を飲んでいません。


「ふーん…なら一杯、貰おうかしら」


 それならばとルーザがお酒を所望すると、リリィは咲楽が持ってきた日本酒を器に注ぎます。


「ではこちらをどうぞ」


「見慣れない酒ね」


「極秘で仕入れた、とっておきのお酒です」


「ふーん…」


 特に警戒することなく注がれたお酒を口に含むルーザ。


「…」


 大きなリアクションは取らず、ルーザはその日本酒を静かに味わっています。


(サクラ)


 そこで咲楽に向けて目配せをするリリィ。

 その目配せの意味を瞬時に理解した咲楽は、厨房に向かい作り置きしていた料理を温め直してからルーザに提供します。


「ルーザさん、お酒のあてにどうぞ」


「なにこれ?」


「料理の試作品、貝ときのこのオイル煮です」


 咲楽が生み出した新たな料理。オリーブオイルの中に海の幸と山の幸を入れて、ハトが生み出した旨味の粉末と数種類の香辛料を入れて煮込んだ料理です。


「ふーん、てっきりタコでも出されると思っていたけど」


 横目でオルドを見つつ嘲笑しながら、ルーザは熱々のキノコを摘まみます。


「……旨いわね」


 今度は口に出して、ルーザは料理を評価してくれました。

 あらゆる旨味が溶け込んだオイルを吸収したキノコの味は、ソエルに住む人を満足させるには十分な美味しさです。


「そっちがもっとマシな海産物を寄こしてくれれば、もっと美味しい料理が食えるんだけどな」


 ぼそっと悪態をつくオルド。


「そっちもタコの味にうんざりしたのなら、降伏してくれて構わないわよ」


 ルーザは負けじと反論します。

 今は反対派が海産物を独占しているので、その件が余計に関係をこじらせているのです。


「リリィ、もう一杯」


 美味しい料理を前にしてしまったら、美味しいお酒はあっという間になくなってしまいます。


「はいはい…でも今晩はこれが最後の一杯よ。もっと欲しかったら、馬鹿げた争いは辞めることね」


「…」


 注がれたお酒を見て固まるルーザ。


 美味しい物を利用して和解…それが今回の計画の大目標です。単純な手ですが、忙しない日々の中にある至福には堪えられないものがあります。


「…こんなもので意思を曲げるほど、私の覚悟は甘くないわよ」


 一瞬だけ迷ったように見えましたが、ルーザは美味しい物には釣られませんでした。


「あら、残念」


 分かっていたのかリリィはあっさりしています。


(やっぱり…でも、つかみとしてはいい感じですね)


 咲楽もこうなることは分かっていました。

 今回の飲み食いはまだ序の口。完成品の料理を振舞う時こそが、国おこし計画の本番です。

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