第16話 【強くてニューゲーム?】
転移の光が収まったことに気付き、咲楽は目を開けます。
「よし、転移成功ですね」
咲楽は辺りを見渡しました。
懐かしくもありトラウマでもある、プレザントの荒れ地。大地は緑の草木が生い茂げ果てもなく何処までも続いており、建物で狭くなった都会の空とは違い上を向けば視界いっぱいに蒼が広がります。
「……懐かしい空気です」
都会に住む咲楽は深呼吸をして、自然しかない広大な大地の空気を感じました。
「さて、行きますか」
咲楽は地球の荷物を手に新たな冒険へ出発するのでした。
「あ、そうです。これを回収しないとですね」
咲楽は目の前にある小さな女神像を手に取ります。
見た目は自室に祭られている女神像と同じです。この像を持ち歩かなくては、帰る時にまた荒れ地に戻らなければいけません。
『サクラ、無事ですか?』
すると女神像が薄っすらと発光し、女神様の声が咲楽の頭の中に響きます。
「あ、女神様。この像があれば会話できるんですね」
『ええ、この像は数ある像の中で最も特別な像なのです』
咲楽の最初の冒険では、女神像を持ち歩くという発想に至らず荒れ地に放置していました。だから咲楽は女神様と会話が出来ず、曖昧な目的でプレザントを冒険する羽目になったのです。
『今回は私もたくさんサポートしますよ』
「ありがとうございます!」
女神像を荷物が縛ってあるキャリーカートにしまいます。
「えっと……孤児院までの道のりは、まずあっちの川に向かうんですよね」
転移位置から少し歩くと、大地に隠された川があります。この川を辿って行くと迷わず孤児院に到着します。「川の近くには村がある」とは、咲楽がゲームで得た知識です。
「それにしても、あの頃はよく一人で孤児院まで辿り着けたものです」
『………』
これからの道のりを想像し、咲楽は過去の自分を称えます。
魔物が生息する荒れ地や森を越え、たった一人で孤児院までの道のりを踏破したのです。女神の権能があったとはいえ、か弱い咲楽が無事だったのは奇跡に等しいでしょう。
「■■■」
「?」
その時、咲楽は不思議な違和感を覚えました。
本当に自分一人の力だけで孤児院まで辿り着けたのでしょうか?咲楽は一人で冒険した事実に自信がなくなっていたのです。
そんな思考の中、あるものが咲楽を現実に戻します。
「グルル…」
「……出ましたね」
早速、咲楽の目の前にプレザントの魔物が現れました。
コボルト。
犬型の獣が二足歩行で立ち、手には棍棒が握られています。プレザントではFランクに指定されている小型の弱小モンスターです。
数は三体、咲楽は身構えます。
「もう、あの頃のようにはいきませんよ…」
過去の咲楽は逃げ回ることしか出来ませんでしたが、今の咲楽は違います。既にプレザントを一周して世界を平和にした後、いわゆる“強くてニューゲーム”状態。こんな最弱な魔物に遅れはとりません。
“強化魔法(小)”
咲楽の手の甲に刻まれた女神の証が光ります。
この魔法は精霊石では使用できない、女神の権能をもつ咲楽だけの特別な魔法です。対象者の身体能力を二倍にし、精霊石に注げば内包した魔力を高めることが出来ます。
「グルル…」
「………………………さようなら!」
自らを強化した咲楽は、荷物を持ち上げ颯爽とコボルトから逃走しました。
「ガウガウ!」
「ひゃー!」
情けなく悲鳴を上げる咲楽。
結局、逃げるのでした。
今の咲楽なら倒せなくはないでしょうが、それは無益な殺生。ゲームと違い経験値を得てレベルが上がるわけではなく、有益な素材も得られません。
それに咲楽は前の旅でも、一度も生物を殺めたことがありません。