第172話 【酒場で接客①】
今日の作業を終えて鬼の雫に帰還した咲楽一行。
夕食はみんなが集まって、咲楽とハトによる料理の試作が振舞われました。そして初めて咲楽の料理を味わったスズハは衝撃を受け、これまで半信半疑だった“料理で国おこし”に確信を得ます。
食事が終われば本日の活動は終了です。
咲楽は二階の個室に戻り、一人でベッドの上で寝転んでいました。
「ふぁ~」
眠そうな欠伸をしながら、学校の教科書を捲る咲楽。
「なんだかすっかり異世界生活してますけど…ソエルの問題が片付いたら、地球の生活を進めたいな~」
そんなことをぼやいていると、部屋の扉がノックされます。
「はーい、どうぞ」
そう咲楽が呼ぶと、扉からリリィが現れました。
「サクラ、ちょっといい?」
「どうかしました?」
「実は今日の夜、鬼の雫にお客さんが来るの。それでサクラに少し手伝ってほしいんだ」
「私がですか?」
「うん。疲れてるところ悪いけど、お願いできる?」
「…」
酒場の仕事で自分に手伝えることがあるのか咲楽は疑問に思いましたが、断る理由はありません。
「分かりました、お手伝いします」
※
酒場の店員としてカウンターに立つ咲楽。
リリィも咲楽も身長が低いので、傍から見ると大人が経営する酒場とは思えない空間です。
「それでリリィさん、私はどうすればいいんですか?」
「お客さんの相手をしてくれればいいから」
「…?」
まだお客は一人も来ていません。そもそもこの鬼の雫は、大勢のお客が押し掛けるようなお店ではありません。
リリィの魂胆は分かりませんが、取りあえず咲楽はカウンターに立って店内に並ぶお酒を眺めます。
(それにしても…大人の人って本当にお酒が好きなんですね)
ソエルには数十種類のお酒があり、ビールやワインといったお酒も存在しています。例え異世界であろうとも、お酒は人類にとって切り離せないものなのです。
(美味しいお酒の作り方とかをリリィさんに教えたら、みんな喜ぶかな。この世界にも米、麦、ぶどうがあるから…)
そんなことを考えながらしばらくすると、酒場の扉が開きます。
「小さな店員が二人か…不思議な酒場だな」
最初のお客さんは夕食の時にも来店していたオルドです。
「あ、オルドさん。また来てくれたんですね」
臨時の店員として咲楽が応対します。
「ああ…」
「お酒はお飲みになります?」
「いや、今日はいい」
そう言ってカウンター席に座り、咲楽と向き合うオルド。
「こうして英雄抜きでお前と対面するのは、これが初めてだな」
「そういえばそうですね」
「…サクラがこの街に来てから、停滞していた内乱の現状が流動的に変化し始めている。それも賛成派代表である俺の見えないところでだ」
「…」
「壱階でお前らナキの家来が集まって、何かしていたらしいな」
どうやらオルドは咲楽たちの動向が気になるようです。酒場はお酒を提供するだけの場ではなく、情報収集や交渉の場でもあります。
「はい。私たちは美味しい料理を振舞って、ソエルの皆さんを元気づけようとしています」
「ほお…それは楽しみだな」
既に咲楽の料理を味わっているオルドは期待してくれています。
「ならクスタは今どこで何をしている?」
「…それは私にも分かりません。昨日から姿を見ていませんので」
花の雫で活動していた時も、食事の時も、クスタは姿を見せていません。
(内乱解決までの道のりは見えているって言ってたけど…クスタさんにどんな計画があるのか、まったく教えてくれないんですよね)
咲楽による国おこし計画。
クスタによる内乱解決の計画。
この二つが今、ギルドの街ソエルの現状を大きく変えようと動き始めています。ですがクスタが何を企んでいるのか、咲楽は見当もつきません。
「でもクスタさんなら、上手く働いてくれるでしょう」
「信頼しているんだな…サクラはあの胡散臭い男を」
「確かに胡散臭いですけど、その胡散臭さを裏切らないからこそ信じられるのです」
「…」
咲楽の裏表のない意志を聞いて、オルドは驚いていました。
「やはりハルノに似すぎているな…容姿も思想も」
「?」
ここで咲楽は疑問に思います。
それもそのはず、咲楽はクスタの過去を詳しく知りません。
(ハルノ…前の旅でもちょくちょく出てた名前だ。この話をクスタさんにすると、すっごく不機嫌になるんですよね。オルドさんに聞いてみようかな)
クスタが不在なのをいいことに、咲楽はその件についてオルドに話を聞いてみようと思います。
「あの、そのハルノさんってどんな…」
咲楽が言いかけたその時、また酒場の扉が開きます。
その来客者を見て咲楽は面食らいました。
「…ルーザさん」