第170話 【お店の準備】
咲楽がソエルに入国して五日目の朝。
ハトも参戦したということで早速、咲楽たちは国おこしを行うための準備に取り掛かります。
まず向かうのは崖下のカテンク壱階です。
四拠点の中で最も憎断ち戦争による被害を受けたこの街は、修繕しなければならない建物が多く残っています。そんな工事中の街並みの中に、無傷の建物が一軒だけありました。
「ここは私が“鬼の雫”を経営する前に使ってた酒場“花の雫”です」
リリィは古ついた鍵を扉に差し込んで錠を開けると、扉は軋みながらゆっくりと開きます。
「おお、広いですね」
中に入って店内を見回す咲楽。
しばらく使われなかったこともあり埃と湿気の古臭い匂いが漂っていますが、広さは鬼の雫よりも広く三十人くらいのお客を入れられそうです。
「幸いにもこの店は憎断ち戦争の被害から免れたけど…もしかしたら、この日のための奇跡だったのかもね」
そう囁きながらリリィはテーブルを撫でました。
「…やっぱり掃除が必要ね」
指についた埃を丸めながら苦笑するリリィ。
「では掃除は私たちにお任せください。リリィさんは物資の発注をお願いしてもよろしいですか?」
ハトは昨晩話し合った予定を確認します。
「はい。私は東のリンガクに向かうから、こっちはサクラに任せるね」
「おまかせください!」
この場はソエルで活動経験のある咲楽が仕切りです。
「ハツメも掃除する!」
ハツメは一人にしておけないので、ここで咲楽たちのお手伝いをしてくれます。なのでこの“花の雫”で活動するのは咲楽、ハト、ハツメの三人だけです。
因みに他のメンバーですが、面倒くさがりのキユハは鬼の雫で読書。アクアベールはもう少しソエルを観光したいと別行動。ナキは別の用があると言ってどこかに行きました。総長、クスタ、オルドは普段通り各々の役目を務めています。
「それじゃあ、張り切って行きましょう」
「おー」
「おー」
「おー」
咲楽たちは輪になって、拳を掲げました。
※
早朝に活動を始めて、今は夕方。
「ふう…取りあえず掃除は完了ですね」
「廃棄する物が少なかったから、思ったより簡単に済んだね」
「つかれた~」
咲楽、ハト、ハツメは花の雫から外に出て一息入れます。
店内は物が少なく散らかっていなかったので、それほど掃除の手間はかかりませんでした。
「あれ?この店、また再開するのか」
「見慣れない女の子たちだが、みんなナキ姫の家来か」
「肝心のナキやリリィはいないけど…」
そしてリリィの言った通りこの建物は立地が良く人通りも多いので、道行く人は咲楽たちの活動に興味を示してくれます。
「それにあの娘…不思議な感じだ。面識がないはずなのに、見ていると妙に落ち着くというか…」
中でも一番目を惹くのは咲楽の存在でした。
(やっぱり見られてる…)
今の咲楽は女性らしい衣服を身に纏い邪魔な前髪を上げているので、女神様の魅力は全開です。信心深い人は否が応でも咲楽が目に留まってしまうでしょう。
咲楽は女神の魅力で人を惑わす手段は好きではありませんが、宣伝のためにと仕方なく利用すると決めました。使える物は何でも使う、それはクスタの助言です。
「皆さんお疲れさま…」
掃除が一段落したところで、疲れ果てた表情のリリィが戻って来ました。
「お疲れさまですリリィさん。何かあったんですか?」
「ちょっと交渉で揉めてね…大丈夫。必要な物は揃えられたから」
リリィの後に続いて、大量の物資が詰め込まれた荷馬車が到着します。
「おお、準備は順調のようだな」
すると今度はナキが現れました。
店の清掃が終わり、物資は十分。国おこしの準備は順調に進んでいるように見えますが…
「うーん…やっぱり一回、地球に戻ろうかな」
咲楽は浮かない表情です。
そんな様子を見て不審に思うナキ。
「何か足りないのか?」
「はい。この世界にはない、特殊な調理器具が使いたくて…」
咲楽がイメージする料理を作るには、この世界にはない道具を必要とします。ですが咲楽にはそういった道具を生み出す技術がないので、地球から持ってくるしかないでしょう。
「それと店内の掃除は終わりましたけど…床が軋んでいたり雨漏りの跡があったので、いろいろ修理が必要かもしれません」
さらにハトが店内に残っている問題点を報告してくれます。
どうやらこの花の雫はかなり古い建物のようで、戦争の被害はなくとも経年劣化で建物は傷んでいました。このままではお客さんを呼び込むことは出来ません。
「ほほう…なら奴を連れてきて正解だったな」
それを聞いて不敵な笑みを浮かべるナキ。
「おーい、早く来るのだ!」
するとナキは振り返って手を振ります。
その先から、今回の旅で初めて会う女性がこちらに近付いてきました。