第169話 【囚われのアクリ】
咲楽が孤児院に向かい一人になったアクリ。
そこでアクリは料理で国おこしを計画する咲楽の力になるため、珍しい食材を探しにカテンクの街を探検しに行こうと思いつきます。そして役に立つ食材を手に入れて咲楽に褒めてもらいたい…そう意気込んでいました。
初めての街でも迷わないよう、オルドはお勧めの店がある区間に印をつけた地図を渡してくれました。
護衛をつけるかつけないかでクスタとオルドは少し揉めていましたが、護衛は必要ないと判断されます。
(せっかくの国外…いろいろ経験しないと!)
一人になってもアクリの活動意欲は衰えませんでした。
ですが決して油断していたわけではありません。
常に周囲に危険はないか気を張り巡らせ、護身用に短剣も忍ばせています。いざという時は自分の身は自分で守ると、咲楽の旅に同行すると決めた時から覚悟していました。
しかし、それは一瞬の出来事です。
アクリの視界は急に真っ暗になり、右も左も分からなくなり、間もなく意識は遠のいていきました。
※
アクリはベッドの上で目を覚まします。
そこは窓の付いていない、薄暗い鉄格子の部屋でした。
まるで罪人を捕らえる牢獄のよう……と思いきや、テーブルに本棚、食料の詰まった箱、綺麗なベッドの横には花瓶に花まで刺してあります。牢獄にしてはやけに好待遇の部屋です。
「…?」
ここが何処なのか、今は朝なのか夜なのか、気を失ってからどれだけ時が経っているのか、アクリは何も分かりません。
「ここは罪人を閉じ込める部屋ではない、身の危険のある同士を匿う場所だ」
すると暗い鉄格子の向こうから女性の声が聞こえました。
「ある罪人が口にしていた…“ソエルで最も安全な場所は地下牢である”とな。だからどうか怖がらないでほしい…と言っても、攫われた身では無理だろうね」
暗闇から姿を現した女性は、穏やかな目でアクリを見つめます。その眼差しからは敵意も悪意も感じられません。
「私はルーザ。今起きている内乱の首謀者だ」
「…」
アクリは自分の身に何が起きたのかを理解しました。
自分は反対派の手によって誘拐されたのだと。
「申し訳ないがしばらくここで大人しくしてもらう。それ以上のことをするつもりはないから、騒ぎ立てずじっとしていなさい」
ルーザはそう言い残して、この場を後にしました。
「…もう話は終わりか?」
地下牢から退出するルーザの後を追う情報屋の男。
「あの娘は同盟賛成派の企みを知っているかもしれない。聞き出さないのか?」
「あんな状況では尋問になってしまう。これ以上、あの娘に怖い思いをさせたくない」
「相変わらず子供には甘いな、ルーザは」
情報屋は腑に落ちないようです。
「それにあの娘…あまり怖がっているようには見えなかったが」
※
牢屋の中で一人になったアクリ。
まだ九歳の女の子が、遠い異国の地で訳もわからず誘拐されてしまったのです。こんな状況になれば怖くてたまらないでしょう。
「…」
しかし、アクリは冷静でした。
どうしてこんな状況になっても落ち着いていられるのか、その理由は二つあります。一つ目はアクリが今までの内乱の現状を見てきたからです。
“ルーザさん、あんなに優しかったのに内乱なんて…”
“あいつは故郷を失い、自分を諭してくれた恩人を失い、それでもずっと我慢して戦ってきた”
“それは部外者の意見だね、アクリさん”
“ソエルの住人の誰しもが戦争で消えない心の傷を負ってる”
“私たちソエルの住人は、反対派の気持ちが痛いほど理解できるからよ”
アクリは未熟なりにも、この内乱の本質を見抜いていました。
(反対派の人たちは悪い集まりじゃない…感情を抑えるきっかけが見つからないだけなんだ)
亡くなった同士の望む形で終戦を迎えられなかった悔しさ。戦争という感情をぶつけられる争いがなくなってしまった虚しさ。戦場で死ぬことを選択したのに生き残ってしまった後ろめたさ。
そういったやり場のない感情を抱える者たちが集まって、同盟反対派が生まれてしまったのです。そのような集団に対して、アクリは恐怖したり不快に思ったりはしませんでした。
そしてアクリが落ち着いていられる、もう一つの理由。
「…これがいざという時でいいのかな?」
アクリはクスタから渡された封筒を懐から取り出します。短剣は没収されてしまいましたが、この封筒だけは無事でした。
“肌身離さず持っておけ。そしていざという時になったら、中に入っている手紙の指示に従って行動しろ”
“この街でお前はいくつかの運命と衝突することになる。一人になっても慌てないよう、いくつか助言を送ろう”
“もし孤立したとしても臆するな。お前にはサクラや俺たち英雄が味方についていることを忘れるな”
この封筒を受け取った時、クスタから賜った助言です。
(私は…一人じゃない)
それは汚れた魔物と戦った際、咲楽にも言われたことです。離れ離れになっていても、咲楽とその仲間たちが味方でいてくれる…それだけでアクリは安心できました。
「これが私の運命…!」
そう呟いたアクリは、クスタから渡された封筒の封を解きます。