第164話 【ハトとハツメの冒険】
孤児院で迎えた朝。
咲楽はハトと一緒に旅支度を整えていました。
ズドーン!
その時、外からものすごい轟音と地響きが鳴ります。
「な、何事ですか!?」
慌てて孤児院の外に出て状況を確認する咲楽。
そこではナキが斧を持って薪割をしていました。
「少し力を入れすぎた…」
ですが斧は地面にめり込み、薪ではなく大地が割られていました。
「うわ…すげーめり込んでる」
「この斧、引き抜けないぞ…!」
「流石は鬼の力だな」
他の騎士や子供たちはナキの怪力に驚嘆しています。いくらプレザント人の身体能力が高いとはいえ、大地を割るなど騎士でも不可能です。
「ナキさんって主を名乗ってるけど、こういう下働きには抵抗ないんだね」
その様子を咲楽の隣で観察するハト。
薪割はナキが自分の意思で手伝い始めました。ハトはナキの怪力よりも、ずっと主を主張しているナキが抵抗なく下働きをしていることに驚いています。
「ナキちゃんが考える“人の上に立つ者の資格”というのが独特で、家来の活動のためならどんなことでも手伝ってくれるんです」
「へぇ~素敵な主様なんだね」
自分よりも遥か上の立場にいるナキに対して、ハトは親近感を抱いていました。
「サクラ、ハトさん!まだ話が途中だ!」
呑気に話している二人の間に割って入るクロバ。
「本当に大丈夫なのか?ハトさんがソエルに行くなんて…!」
「クロバくんは心配性だな~」
「心配して当然だ!」
ついさっきハトがギルドの街ソエルへ向かうことを知ったようで、クロバは気が気ではありません。
「あの国にはハルカナの民を目の敵にする連中が多い。中には騎士にも引けを取らない戦士がいて、そんな戦士たちをまとめるオルドという男はかなりの曲者で…!」
クロバにとってハトは自分の命よりも大事な恩人です。その恩人が一年前まで敵国だったソエルに向かおうとしているのですから、心配するのは当然でしょう。
「安心しろ、ハルカナの騎士よ」
その会話を聞いていたナキは、地面にめり込んだ斧を指先だけで摘まんで引き抜きます。
「家来であるハトの身の安全は私が保証するぞ」
ハトの料理を堪能したナキは、いつの間にかハトを家来認定していました。
「それにあっちにはクスタさんとキユハちゃんがいます。もしかしたら、ここよりも安全かもですよ」
更に咲楽も説得に加わります。
新種の憎食みが隠れているかもしれない森に囲まれた孤児院よりも、英雄に囲まれていた方がクロバとしても安心でしょう。
「……はぁ」
諦めたように息を吐くクロバ。
もはや反論の余地はありません。
「わかりました…リットとクグルは俺が面倒を見る。ハトさんはサクラの力になってあげてくれ」
「うん。ありがとうね、クロバくん」
ようやくクロバは納得してくれました。
「騎士さんは任務を続けるんでしょう?孤児院の設備は好きに使っていいから。料理はローナさんにお任せします」
そこでちらりとローナを見るハト。
「え、もう実戦ですか!?」
まだ料理について学んだばかりのローナは慌てます。
「隊長の胃袋を掴むチャンスだ、頑張れよ」
「……やります!」
クロバ隊の年長者にそう囁かれ、やる気を見せるローナ。孤児院のことはクロバ隊に任せておけば大丈夫でしょう。
※
「よし、準備できたよ」
旅先で必要になる物を詰め込んだ荷物を背負うハト。初めての国外遠征になるので、その表情には僅かな緊張と不安が含まれています。
「ハツメも準備できた!」
対してハツメはやたらと自信に溢れていました。
「ハツメちゃん、昨日した約束は覚えてます?」
そんなハツメに向けて小指を立てる咲楽。
「ひとりでかってに出歩かない!サクラお姉ちゃんとハトさんのそばから離れない!困ったら英雄さんにたよる!」
そう返事をしてハツメは自分の小指と咲楽の小指を結びました。
「よろしいです」
ハツメは約束を守る良い子なので、旅先で勝手なことをしないようしっかり注意しています。
「それでは出発しましょう!」
「ええ」
「はーい」
「うむ」
こうして咲楽、ハト、ハツメ、ナキという新しいメンバーで孤児院を出発しました。目指すはギルドの街ソエルです。
「ところで…このまま歩いてソエルに行くの?」
出発してすぐ、ハトは移動手段について咲楽に尋ねました。
「いえ、グリフォンに乗って空を飛びます」
「へ?」
「ここまで離れれば、騎士の皆さんには見えませんね」
孤児院が見えなくなったことを確認した咲楽は、首にかけていた草笛を吹きます。すると一体のグリフォンが咲楽たちの目の前に降り立ちました。
「すみません、また移動をお願いします」
「ギィ!」
もう慣れたのでしょう、グリフォンは腰を下ろして待機します。
「グリフォンは体が大きいので、四人乗りできますね。落ちると危ないので紐で体を固定しましょう」
「…」
いきなりあり得ない出来事が目の前で起きて唖然とするハト。
「おおーでっかいとりさん」
怖いもの知らずのハツメは、無邪気にグリフォンを撫でに行きました。
(……そうね、こんなことで驚いていたら駄目ね。私はこれからサクラちゃんの隣に立つんだから)
ハトは頭を振って気を引き締め直します。
これから彼女は、数多くの伝説を残した英雄の領域に足を踏み込もうとしているのです。グリフォンの背中に乗って空を飛ぶくらいで驚いていては、この先やっていけません。