第163話 【ハトの覚悟】
孤児院で一夜を明かすことになった咲楽とナキ。
咲楽は食事が終わった後もハトから料理についてを学び、ナキは気まぐれに現れて味見役を引き受けてくれます。おかげで咲楽は今まで以上にプレザントの料理知識を深めることが出来ました。
「これが調味料に使った素材の一覧だけど…サクラちゃんはこの世界の字が読めないんだっけ?」
「大丈夫です。向こうには頼れる仲間がいますから」
ハトから調味料のレシピを受け取る咲楽。文字は精霊言語で書かれていますが、翻訳ならリリィやアクリにお願いすれば可能です。
「ただソースの材料がソエルで揃えばいいですけどね」
「料理でギルドの街ソエルを国おこしか…」
今回の咲楽の計画を大まかに聞いているハト。
ソエルの国おこしという壮大な作戦に自分も料理人として関わっているので、他人事ではありません。
「計画は順調に進んでる?」
「うーん…まだ課題は山住ですね」
咲楽は困った笑みを浮かべます。
孤児院に来たことで、料理のイメージは出来ました。
ですが食材を全て揃えられるのか、調理器具はどうしようか、料理の試作が出来る環境は整うのか、果たして自分一人で調理の手が足りるのか…やはり国おこしは容易ではありません。
「…」
思い悩む咲楽を見て、ハトの表情が僅かに曇ります。
(私の出来ることは、これで終わりなのかな…またサクラちゃんを見送ることしか出来ないのかな)
前の旅でもハトは、咲楽を見送ることしか出来ませんでした。
世界を知る旅に出た時も、
終戦に向けて戦場に出た時も、
憎断ち戦争の中心に向かった時も…
プレザントにある全ての問題を子供に背負わせてしまったことで、孤児院長ハトは罪悪感を抱えていました。そんな罪の意識が、目の前で困っている咲楽を見て胸をざわつかせます。
「お姉ちゃん、明日いっちゃうの?」
するとハツメが厨房に現れました。
「そうですね…クスタさんとの約束があるので、明日の朝すぐソエルに戻ります」
「ハツメも行きたい!」
前と同じ要求をするハツメ。
「前にも言いましたが、私の旅はハツメちゃんには危険なんですよ」
「でもサクラお姉ちゃん、せっかく帰って来たのにぜんぜん遊べないんだもん!」
「これからはなるべく顔を出しますよ。それにハツメちゃんを同行させたら、孤児院にいるハトさんが寂しい思いをしてしまいます」
「え~」
咲楽は何とかしてハツメを説得します。
「…そうよハツメちゃん。サクラちゃんを困らせたらいけません」
ハトもハツメを宥めてくれました。
育て親として、まだ幼いハツメを目の届かない外に出すわけにはいきません。
「行くなら私も一緒じゃないと」
と思いきや、ハトはとんでもないことをさらっと口添えします。
「…え?」
「戦いでは役に立てないけど、料理でなら役に立てると思う。私もギルドの街ソエルに連れて行ってくれない?」
「で、でも…いいんですか?詳しく話せませんが、今のソエルは安全とは言い切れない状況です」
「安全じゃないのはサクラちゃんも一緒でしょう?それに困った時は、遠慮せず大人に頼りましょう」
「…」
ハトの提案は、咲楽にとってとても頼もしいものでした。
自身を無力と評していたハトですが、咲楽にとっては違います。
初めて異世界に迷い込んだ咲楽には、どうしても心の支えが必要でした。独りぼっちで不安に押しつぶされそうになっていた頃、何度もハトの優しさに救われてきました。
咲楽にとってハトは紛れもない大恩人なのです。
「では…よろしくお願いします!」
咲楽は再び、ハトの優しさに甘えることにしました。