第157話 【アクリの運命】
咲楽たちがソエルに到着して二日目の朝。
「それでは行ってきます」
軽い荷物と女神像を携え、咲楽は酒場の裏口から出発します。咲楽の本日の予定は憎食みの調査をした後、孤児院に戻って料理の勉強をすることです。
「行ってらっしゃい、サクラ」
「行ってらっしゃい」
「いってらっしゃ~い」
「…」
リリィ、アクリ、アクアベール、キユハの四人が手を振って咲楽を見送りました。
因みにクスタとオルドは酒場に顔を出していません。もうすでに内乱解決に向けて行動を起こしているのでしょう。
「さあ行くぞ、サクラ!」
そして今回咲楽の護衛を務めるのは、ソエルの英雄ナキです。
もし内乱の小競り合いに巻き込まれても、調査中に憎食みが現れても、予想だにしない敵が立ちはだかっても、ナキがいれば怖いものはありません。
「ではナキちゃん、まず昇降機で壱階に降りましょうか」
「ん?そんなもの使わなくても、近道すればいいだろ」
酒場を出るとナキはカテンクの最果てに向かいます。その先は断崖絶壁、ここが玖階ということもあってかなりの高さです。
「まさか、この高さから飛び降りるんですか?」
「今日はやることが山住なんだろ?だったら移動は最短で行こう」
身体能力が高いプレザント人なら、この崖下のカテンクには様々な近道が存在します。ナキほどの実力者なら、玖階から壱階まで飛び降りることも可能です。
「それはそうですが…私、崖から落ちることにトラウマがありまして…」
崖の下を覗いて顔を真っ青にする咲楽。
「そういえば前の旅で崖から落ちたことがあったな。それでも生きてるんだから、サクラって存外丈夫だよな」
「あれは奇跡的に生きていただけで、普通なら助からないんですけど」
「今回は大丈夫だ。サクラは私が担いでやる」
ナキは咲楽の腰に手を回し、崖の下に飛び込もうとします。
「こ、心の準備をさせてくださいよ!」
「喋ってると舌を噛むぞ」
「ひぃぃ!」
そのままナキは崖から飛び降りました。
※
酒場の入口で咲楽たちを見送った後、一人になったアクリは考えます。
(私はどうしてようかな…)
アクリには今日の予定がありません。
咲楽がいつ帰って来てもいいように待機しているべきか、崖下のカテンクを探検してみるか、普段通り修行しているか。この持て余す時間の使い方に悩んでいました。
何よりアクリは外国まで来て、一人でじっとしていることが出来ないのです。
「アクリ」
一人で悩んでいると、目の前にクスタが現れます。
「クスタ様…」
「様を付けるな。この街で様を付けて呼ぶような存在は女神くらいなものだ」
「は、はい」
英雄クスタと二人きりになるのはアクリにとってまだ緊張する状況です。
「えっと…クスタさん。サクラお姉ちゃんならもう出ましたよ」
「知っている。用があるのはアクリ、お前にだ」
「私ですか?」
ただの平民である自分に何の用があるのか、アクリは不可解に思いました。
「俺は運命という言葉が好かん」
「?」
「全ての事柄を運命と決めつけ、考察せず思考を停止させることは愚かでしかない」
急に一人で語り始めるクスタ。
「だがサクラが起こす出来事に関しては、運命と割り切った方が賢明だと前の旅で思い知った。全ては偶然ではない、サクラと関わった自分の運命なのだと」
「……ちょっとわかる気がします」
アクリはクスタの言っていることが理解できました。
ただの平民だった自分が汚れた魔物を討伐できたことも、騎士になるチャンスが生まれたことも、今こうして咲楽と共に旅をしていることも、アクリはその全てを偶然で片付けることが出来ませんでした。
奇跡、運命…そのような言葉の方が相応しいでしょう。
「運命を変えることは出来ない。俺たちに出来ることは、運命を待ち構えることだけだ」
そう言ってクスタは一枚の封筒をアクリに渡します。
「肌身離さず持っておけ。そしていざという時になったら、中に入っている手紙の指示に従って行動しろ」
「いざという時…ですか?」
「この街でお前はいくつかの運命と衝突することになる。一人になっても慌てないよう、いくつか助言を送ろう」