第15話 【女神様の策とは】
「で、お前の仮説は?」
キユハは単刀直入にクスタへ問います。
「仮説の域を出ませんよ?」
「構わない、どうせ当たるんだろ」
キユハの言う通りクスタの言うことは大概当たります。それは情報屋としての観点と、柔軟な発想によるものです。だからこそ戦争で救われた命も多かったのです。
クスタはやれやれといった仕草で話を始めます。
「まずキユハの仮説通り、この歴史改変は女神様の力以外に考えられませんね。そして何故このような現象を女神様が起こしたのか…恐らく今起きている問題の対策でしょう」
「問題?なんかあったの?」
興味なさそうに続けるキユハ。
「お前は引きこもって研究ばかりではなく、外に出て世界情勢を学ぶことをお勧めしますよ?」
「ふん」
クスタの指摘にキユハはそっぽを向きます。
しかし、リアにはクスタの言う問題に心当たりがありました。
「“憎食み”か?」
「…また?」
「うん…まだ噂くらいだけど、森の中で憎食みらしき魔物の目撃証言が出ている。それに街の雰囲気も、戦時中に比べてかなり暗くなってるんだ」
それを聞いたキユハは面倒臭そうに頭を掻きます。
「あの憎食みが姿を現した際、憎しみに囚われていた人々は憑き物が落ちたように正気に戻っています。俺たちは憎しみという感情を形にして処理することが出来ました」
クスタは坦々と、憎断ち戦争のその後を語り出します。
「戦争も終わり、遺恨も消え去って万々歳……と、それで人々の気が完全に晴れればいいのですがね。他国に対する疑心、同盟の不信感、憎食みの恐怖…ハルカナ王国の人々は壁の中で恐怖に怯えているのが現状です。そういった負の感情も、憎食みは大好物のようですね」
「そんなのどうやって解決させんだよ…」
もううんざりといった様子のキユハ。
「そうだよね…時間が解決してくれる間も、憎食みは力を蓄えているだろうし」
リアも今の現状で明確な解決策があるとは到底思えません。
「それで、その対抗策がサクラを忘れることなの?」
「謎…むしろ逆効果じゃない?」
二人はクスタに今回の事象についての疑問を投げかけます。
咲楽はプレザントでは団結の象徴、その場にいなくても咲楽の存在が民の心を穏やかにしてくれていました。記憶から抹消させるメリットは一つもないはずです。
「それはきっと、女神様の力の源が関係していると思います。信仰と祈りが神力の源だとサクラは言っていました。サクラは終戦後“女神サクラ”なんて呼ばれ信仰の対象になっていたじゃないですか。それで信仰の軌道修正でサクラの思い出を封印したと推測します。記憶封印は対抗策というより事後処理ですね」
少ない情報で仮説を立てるクスタ。
そしてその読みはほとんど当たっていました。
「ようするに女神様は自分だけ支持されたいわけか。惨め、醜態…やはり駄女神か」
「失礼だよキユハ!」
キユハの悪態を注意するリア。
プレザントで咲楽が活躍する前まで女神様の存在は絶対的でした。
祈れば祈りは成就される世界なので女神様の勤勉さが窺えます。その祈りの対象が戦争を終わらせた咲楽に変わってしまったので、女神様の神力回復が滞っているのです。
「じゃあなんで俺たちは急にサクラを思い出したんだ?」
記憶封印の動機は理解できても、どうして一年後になって自分たちが咲楽を思い出したのか。リアはそこだけが腑に落ちない様子です。
「それこそが今回の憎食み対策の準備なのだと思います」
「準備?」
「これは希望的観測ですが…今回の憎食み出現に対する女神様の策は、二年前と同じだと推測します」
二年前、女神様は憎食みの脅威に対して女神の権能をもつ地球人を召喚することで対処しました。そしてその女神の使者には仲間の存在が必要不可欠です。
このことから導き出される回答。
「女神様は、再びサクラを召喚する気なのかもしれません」