第147話 【夜の会話(子供)】
「ふぁ~」
食事を終え長話を続けていると、咲楽は大きな欠伸をします。
今日は拠点から出発してカテンクの最上階まで徒歩で登り、酒場に戻ってからも料理に話し合いと大忙し。もう体力の限界でした。
「そろそろ休みたいのですが…皆さんはどうします?」
「子供は先に寝ていろ、俺たちはまだ飲んでいる」
そう言ってお酒の入ったグラスを傾けるクスタ。
夜になっても大人たちの一日はまだ終わりません。
「じゃあ先に上で休んでますね…行きましょうアクリちゃん」
「うん」
「私も今日はここで休もう!」
咲楽の後にアクリとナキが続きました。
※
酒場“鬼の雫”には宿の設備が揃っており、二階にはベッド付きの個室がいくつもあります。ですが鬼の雫を宿として利用しに来るお客はほとんどいません。利用するとしたら外国からの大事な客人を匿ったり、密会の場として利用するのがほとんどです。
なので咲楽にとってこの部屋は、少し懐かしい場所でもあります。
「よいしょ」
自分の部屋の床に毛布を敷く咲楽。
まだ話し足りないということで、本日はナキとアクリの三人で夜を明かします。一つの部屋にベッドが一つしかないので、他の部屋から毛布を集め三人は床で寝ることにしました。
「ふう…サクラがいて、旨いものが食えて、今日は楽しいな~」
ナキは敷いた毛布の上で寝転がりながらご満悦の表情です。
「なあサクラ、キユハは近くに来ているんだろ?なんでこっちに来ないんだ」
「研究がいいところらしいですよ。明日か明後日には来ると思います」
「むう…リアは?」
「団長の仕事で王国にいます」
「…サクラよりも他を優先するなんて、リアらしくないな」
同じ英雄ということもあり、リアの動向に違和感を覚えるナキ。
実際にリアはついて行きたくて仕方がなかったのですが、新種の憎食みという脅威が現れたのですから国を空けるわけにはいきません。
「大人の世界はいろいろあるんですよ」
適当に誤魔化しつつ苦笑いを浮かべる咲楽。
咲楽はハルカナ王国を旅立つ前、国王にこう言われていました。
“新種の憎食みについて他の英雄に伝えるかはサクラの判断に任せる。ただ伝えるなら対処はしたとも伝えてほしい”
地球の娯楽文化により国おこしを成功させたことで、国王は憎食みの存在を他国に打ち明ける決心をしていたのです。しかし今のソエルは内乱状態、迂闊に憎食みの存在を知らせては国おこしの妨げになるかもしれません。
(隣にはアクリちゃんもいますし…話すならクスタさんと一緒がいいですよね)
咲楽はどのタイミングで憎食みの話をすべきか悩みました。
「そうだアクリよ。お前は何か特技を持っているか?」
「…!」
するとナキは会った時に中断した話の続きをアクリに求めます。
「リアは面白い早業を見せてくれた。キユハは綺麗な魔法を見せてくれた。お前にも特技があるんだろう?」
「私の…特技…」
アクリは自分が出来ることを必死で探しますが、何も思い浮かびません。
「アクリちゃんは包丁さばきが鮮やかなんですよ」
そこで咲楽が荷物からリンコの実とナイフを取り出し、アクリに渡しました。
「アクリちゃん、このりんごを使って私の言ったとおりの形にしてみてください」
「?」
※
「よっと」
鮮やかな手つきでリンコの実に刃を通すアクリ。
「出来た…!」
まん丸だったリンコの実は、アクリの刃物さばきによって花の形へと変わりました。それは地球でいうところの“飾り切り”という技術です。
「おお…やるではないか!」
綺麗に仕上がったリンコの実を見て、ナキはアクリを賞賛します。
「アクリちゃんは刃物さばきがすごく上手なんですよ」
今まで何度もアクリに調理のお手伝いをお願いしていた咲楽は気付いていました。
天ぷらに使う魚を捌いた時も、魔物たちに振舞うため大量の芋の皮を剝いた時も、汚れた魔物の食べられる部位を分けて解体した時も、全てアクリのおかげでスムーズに調理を行うことが出来たのです。
「ハルカナのギルドで働いていた頃は、魔物の解体や食材の皮剥きばかりしてたから…いつの間にか身についてました」
アクリは自分の持つ技術を無価値なものだと思っているようで、自信なさげに呟きます。
「アクリよ、お前を私の家来として認めてやろう!」
「へ…?」
ナキからの思わぬ言葉にきょとんとするアクリ。
「良かったですねアクリちゃん。ナキちゃんに気に入られるのは、とても名誉なことなんですよ」
咲楽も褒めてくれますが、アクリは釈然としません。
「で、でも…こんなことでいいの?」
「刃物さばきはアクリちゃんの立派な特技じゃないですか」
アクリは自分の技術を軽んじていましたが、咲楽とナキにとってそれは褒めるに値する立派な個性なのです。
「…」
今まで褒められた経験の少ないアクリは、英雄二人から賛辞を受け頬を赤くするのでした。