第146話 【ソエルの食料事情】
「ふう…旨かった!」
ナキはトマトソースで口元をベタベタにしながら大満足の笑顔です。
「ナキちゃん、ナポリタンは口を拭くまでが食事ですよ」
「んー」
咲楽がナキの口元を拭いてあげます。
「それにしてもパスタ四キロを余裕で完食…流石はナキちゃん」
持ち込んだパスタを全て完食されてしまい、これで地球から持ち込んだ食材はほぼなくなってしまいました。
(後はソエルの食材だけで料理を創作したいのですが…)
内乱のせいで今回の目的を忘れがちですが、咲楽の本命は料理でギルドの街ソエルを国おこしすることです。
(今回の私には内乱をどうにかする力はないし、もしかしたら料理が内乱解決の糸口になるかもしれません)
咲楽はハルカナ王国での娯楽文化の反響を信じて、予定通り料理に専念することを決めました。
「まだ飲み足りないな…」
すると総長が空いたグラスをカウンターに置きながら寂しそうに呟きます。
もうワインのボトルは空です。
「はい総長、今日はこれで我慢してください」
リリィは咲楽が持ち込んだ物とは別のお酒を用意しました。
「むう…日本酒やワインを飲んだ後だと物足りんな」
不服そうにグラスの中のお酒を覗く総長。
「…ならこのジュースをお酒に混ぜてみたらどうでしょう」
そこで咲楽は、そのまま飲むために地球から持ち込んだオレンジジュースを取り出します。
「ほう、試してみよう」
咲楽の提案ならと総長は迷わずグラスの中にジュースを注ぎ、お酒と混ぜ合わせました。
「これは…旨いな!」
一口飲むと、味わいのないお酒からフレッシュなオレンジの香りが感じられます。
「これがカクテルというやつですね」
「カクテル?」
「お酒に何かを混ぜた飲み物のことです。私の世界にもお酒が不味かった時代がありまして、だから何でもお酒に混ぜたそうです」
お父さんから聞かされたお酒の知識を話す咲楽。
「それはうちでもやってるね。果物を入れて少しでも不味い酒を飲みやすくするの」
リリィは棚に並ぶ酒瓶を指さします。
ソエルのお酒文化は地球と同じ段階で進んでいるようですが、それもまだ発展途上。本日振舞った日本酒やワインの味に追いつくのは、何年も先になるでしょう。
「私の世界では魚のヒレを入れたり、カニの味噌を入れたりするんですよ。蛇を入れた蛇酒なんかもあったり」
「…それって美味しいの?」
未知のお酒に対して興味津々なリリィ。
「いや…私は知りませんけど」
ですが咲楽はお酒の味についてどう答えればいいのか分かりません。まだまだ子供の咲楽がお酒の味を理解するのは当分先の話です。
※
「そうだリリィさん。今のソエルってどんな食材が流行ってます?」
お酒を楽しむ大人を余所に、咲楽はリリィに今のソエルの食料事情を尋ねます。
「うちは漁業が盛んだから、魚や貝が主食なんだけど…今は内乱の影響で品薄気味なのよ」
「う…クスタさんの言う通りでしたか」
「海岸のカルカク代表と漁業組合の長が反対派に肩を持っちゃったのよ。それで海産物の流通が滞っているのが現状ね」
内乱は食料だけではなく、様々な物資の流通にも影響を及ぼしています。この状況は美味しい料理を発案するには厳しい環境でしょう。
「困ったことに、タコなら大量に寄こしてくれるよ…」
「たこ?」
聞き慣れた食材の名を繰り返す咲楽。
タコは咲楽の住む国でなら珍しくないありふれた食材ですが、リリィの反応から見てソエルではあまり良く思われていないようです。
「私はあれが嫌いだ。固いしヌルヌルだし焼いても旨くない」
話を聞いていたナキがタコに悪態をつきます。
(タコ、美味しいのに……でも地球にもタコを食べない国があるってどこかで聞いたような)
タコは日本でこそよく食べられる食材ですが、海外では“悪魔の魚”と呼ばれまったく食べられない国もあります。異世界のソエルではまともな料理法が確立されておらず、味の悪さから食料として不人気のようです。
「なるほど……タコが相手なら、やりようはいくらでもありそうです」
咲楽は故郷である日本のタコ料理をいくつか思い浮かべました。
(…料理は思い浮かぶも、問題は調味料ですよね)
美味しいタコ料理を生み出すには、やはり調味料が鍵になります。しかし咲楽一人で美味しいタコ料理を実現させるのは至難です。
(やっぱりハトさんに相談してみたいな)
この世界で料理の相談に乗れる人は孤児院長のハトしかいません。一度孤児院へ戻ることも視野に入れつつ、今後の予定を考え直す咲楽でした。