第14話 【情報屋のクスタ】
キユハの研究所に入ってくる短髪の青年は、リアやキユハと同じく咲楽と共に冒険をした英雄の一人です。
「リアが慌ただしくしているので、様子を見に来ました」
礼儀正しく誠実そうな物腰の青年、クスタは爽やかな笑顔で手を振りました。
クスタはハルカナ王国ではなくギルドの街ソエルに拠点を置く英雄です。
ハルカナとソエルは戦時中敵国関係にありましたが、両国の長には深い繋がりがありました。その二人の間を取り持ち極秘で書状を送るのがクスタの仕事です。
情報収集や暗躍することもクスタの仕事で、戦時中は各国が滅ばないよう権力者に情報を流して均衡を保ってきました。そのことからクスタを英雄だと知る者は少なく、歴史書では“空漠たる英雄”と呼ばれています。
「ノックしてから入れよ…」
キユハとクスタは久しぶりの再会ですが、キユハは立て続けの無礼に呆れています。ここは研究所とはいえ、女の子の部屋です。
コン コン
「遅い」
ココン
「ノックの速さはどうでもいい」
「ノリが悪いですねぇ」
「それより、盗み聞きしてたんでしょ?さぁお前の情報も出せよ」
キユハは辛辣な態度でクスタを迎えます。情報収集と暗躍が主なクスタなので、盗み聞きしていたことはキユハにはお見通しです。
「久しぶりなのに冷たいですね、まあいいでしょう。サクラについてですよね」
「クスタもサクラを思い出したんだ」
リアは近くの椅子に座りながらクスタに尋ねます。
「ああ、この異変に気が付き国王様に確認をとっていました」
「国王様も…サクラを思い出したのか?」
「いや、忘れていました……が。俺が“サクラ”と発言した瞬間、全てを思い出しました。まるで記憶の封印が解かれたかのように」
「封印…」
「かく言う俺も、リアが執務室でサクラという発言を耳にした瞬間に思い出しました」
「………おい、だったらすぐ話しかけてよ。しかもなんで盗み聞きしてた?」
「性ですかね」
クスタがクスクスと笑います。
リアとキユハは、このクスタの悪戯癖が苦手でした。
「でも秘書のエッドにサクラの名前を言っても思い出してくれなかったよ?」
「サクラと親しくないからでは?」
「え?そりゃ、エッドとサクラに面識はないが」
「我々“思い出した組”の共通点としては、戦時中にサクラと深く関わっていたことですかね」
「……」
咲楽と共に冒険したリア、キユハ、クスタ。そして最初から最後まで咲楽を信頼し援助してくれたハルカナの国王。共通する点は咲楽にとって親しい間柄であることです。
「もしかしたら“八人の英雄”は全員思い出してるかもしれませんね」
「八人じゃなくて九人だぞ」
「その歴史も、綺麗さっぱりなくなっていますがね」
クスタは肩をすくめます。
「俺ら…サクラを見送る時に「忘れない」とか言っておきながら、綺麗さっぱり忘れてたんだね」
咲楽の恩を忘れていたことに罪悪感を覚えるリア。
クスタも苦笑しています。
「薄情過ぎて笑えますよね~」
「いや笑えないよ…」
「余所の世界から来た大恩人を忘れるなんて、くそ真面目なエトワールなら己を悔いて自害するんじゃないですか?」
「………本当にしそうだ!まずい、急いで書状を送らないと!」
リアは他の仲間たちにこの事態を知らせるため、士官学校に戻ろうとします。ですがキユハがリアの服を掴み止めました。
「まて、まだ話が終わってない。なんでこんな事態になっているのかハッキリさせよう。半端な情報じゃ混乱が起きるだけ」
「……!」
キユハに指摘され、リアは我に返ります。下手に刺激して仲間たちが咲楽を思い出しても、今のリアのように慌てふためくだけです。
「そうだね…どうしてプレザントからサクラの存在が消えたのか、どうして一年後の今になって俺たちだけ思い出したのか、これを考えないと」