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第143話 【記憶封印解除(クスタ)】




 ハルカナ王国国王は内通者のハルノを失った後、新しい代行者を用意するつもりでした。


 ですがクスタはそれを拒否しました。


(もう弱者と肩を並べるのはまっぴらだ。このまま一人で惰性に活動を続けていれば、自分にも死に場所が生まれるだろう)


 クスタはハルノと出会う前の自分に戻り、一人で戦争の闇に生きると決心したのです。親しい戦友を失うことも、この世界で希望を抱くこともまっぴらでした。


 そんなクスタに、国王から奇妙な依頼が申し込まれます。




「女神の証を持つ者と他数名がギルドの街ソエルに向かう。しばらく護衛を任せたい」




 予想外の依頼を受け、クスタは国王の正気を疑いました。


(女神の使者?あの伝承に伝わる幻の…?)


 女神の証を持つ女神の使者。

 それは大昔の文献に残された、信憑性のない伝説のような存在です。そんなものが現れたと言っても、クスタは信じることが出来ませんでした。


 国王に言われるがまま、クスタはその女神の使者と会うことになります。


 クスタの前に現れたのは四人。

 ハルカナ騎士団を追放された重い鎧を纏うリア、ハルカナ王国から見捨てられた不愛想な魔法使いキユハ、孤児院で暮らしていた寡黙の青年ハクア。


 そして女神の証を持つ異世界人の少女、咲楽です。




「クスタさん…ですね?私は咲楽といいます、よろしくお願いします!」




 初めて咲楽を見た時、クスタは驚きました。それは手の甲に刻まれた女神の証を見たからではありません。


「…そんな挨拶は不要だ。国王様に面倒を任されたが、馴れ馴れしくするつもりはない」


「なんでです?」


「お前が本当に女神の加護を持っているなら、それは戦況を左右させるものだ。敵の手に渡れば俺の手でお前を殺すことだってある」


「う…厳しい世界ですね。でも世界を平和にするため頑張ります!」


「…」


 クスタは確信しました。

 咲楽はハルノそっくりなのです。


 髪色や容姿、放つ雰囲気や仕草、言葉遣いに性格、その全てにハルノの面影がありました。咲楽と接する度にクスタは、思い出したくもない過去の記憶が掘り返されていく感覚に陥ります。


 そんな咲楽との出会いに対してクスタが抱く感情は、良いものではありませんでした。


(…女神は何を企んでいる?こんなものを俺に寄こして、俺を弄んでいるのか?)


 まるで失ったものの代わりを用意されたかのようで、クスタは女神様に対して嫌悪感を抱きます。当時は咲楽の存在が目障りでしかなく、クスタは協力するどころか咲楽の心を折るような嫌がらせを始めました。


「いたた…!」


「脆弱だな…その程度の負傷、大したことないだろ」


「だ、大丈夫です。回復魔法があるので…」


 しかし、女神の加護を得た咲楽はとてもしぶといです。

 死なない程度に追い詰めて怪我を負わせても、咲楽の回復魔法によりすぐ完治。しかも怪我を経験する度に臆病になるどころか、強気に前へ出るようになっていきました。


 次にクスタは精神攻撃に出ます。

 惨い戦争の現場を何度も咲楽に見せ、絶望を思い知らせました。


「う…」


「この戦場を見ても、終戦があると信じられるのか?仮に終戦したとしてもこの遺恨は消えない」


「…それでも、私はこの世界に希望があると信じています。だから諦めません!」

 

 咲楽は決して折れません。

 そんな強情なところまでハルノにそっくりです。


「私はクスタさんを信じています」


 そしてどれだけ酷い嫌がらせを受けようとも、咲楽がクスタに不信感を抱くことはありませんでした。そんな咲楽を見て苛立ちが募ったクスタはある手段に出ます。


 クスタはソエルの外れにある洞窟の前に咲楽を呼びました。


「この洞窟の先に立派な女神の像がある。女神の証を持つ者が祈りに行けば、女神様と対話が出来るらしい。行ってみたらどうだ?」


「え?でも、この洞窟…」


 クスタの提案に咲楽は動揺します。

 その洞窟はソエルの住民から注意された危険区域、猛毒を持つ大蛇の住処でした。洞窟の中から漏れ出る浸食した空気は、吸い込むだけで毒に侵されるほど強力です。


「回復魔法があれば毒なんて平気だろ」


「その…」


「俺の言葉が信用できないのなら、挑まなければいい」


「…」


 そう言い残してクスタはその場から立ち去りました。

 クスタの言っていることが真実だとしても、洞窟に入れば毒に侵され死の危険まであります。それでも洞窟に挑まなければ、クスタの信用を否定することになります。


(安易に“信用”なんて言葉を口にするからだ…)


 信憑性のないクスタの虚言で咲楽が洞窟に挑むはずがなく、結果的にクスタを信用しないという結果が残ります。

 それがクスタの魂胆でした。


(…もしハルノに同じことをしたら、あいつはどうしていたか)


 ふとクスタは今まで目を背けてきた、ハルノとの思い出が甦ります。




“クスタさんの嘘は信じて騙されるって決めてるんです”




 彼女の言葉を思い出したクスタは胸騒ぎを感じて、洞窟の入口まで引き返しました。


 そこにはもう咲楽の姿がありません。


「…」


 クスタはもしやと思い洞窟の中の気配を探ります。そして洞窟内の僅かな気配を察知して、血の気が引きました。


 息を止め洞窟の中に侵入するクスタ。

 その先には、横たわっている咲楽の姿がありました。





 大蛇の魔物ブラックサーペントが持つ毒に侵されれば、全身に死ぬほどの激痛が回りいずれ死に至るものです。咲楽の回復魔法でなら解毒することが可能ですが、この頃の咲楽には激痛に耐える精神力がなく気を失ってしまいました。


 咲楽が持つ最大の弱点。

 それは気を失ってしまうと魔法が使えないことです。


 このまま咲楽が意識を取り戻さず毒に蝕まれれば、二度と目を覚まさないかもしれません。クスタは女性であるルーザに事情を話し、隠れ家で咲楽の看病を任せました。


「クスタさん…人を試すにも限度があるでしょう。この子がアンタに何をしたって言うのよ」


 クスタは生まれて初めて反論しようのない説教を受けました。


(なんだこの醜態は…)


 ハルノと出会う前の、希望を持たない自分に戻ったつもりになっていたクスタ。ですが事実はいつまでも過去を引きずり、失うことを恐れ希望から目を逸らし、無関係の咲楽に八つ当たり同然の行いをしていたのです。


「私も多忙だから看病は交代で、今日はクスタさんが見てあげて。サクラが一瞬でも目を覚ましたら、無理やりにでも回復魔法を使わせなさい」


 そう言ってルーザはクスタに看病を任せて立ち去ります。


「う…」


 ベッドに横たわる咲楽は毒に苦しみながら、寂しそうに手を震わせていました。


(また俺は、自分を信じてくれた人を失うのか…)


 クスタは眠っている咲楽の手を握ります。

 こうして誰かの手を握ったのは、ハルノを引き留めた時以来でした。


「目を覚ましてくれ…」


「…」


 その呼びかけに反応したのかは定かではありませんが、咲楽は薄っすらと目を開けてくれました。





「みなさーん」


 毒にかかってから数日。

 咲楽は元気な姿で仲間たちと合流しました。


「あ、サクラ。どこに行ってたんだ?」

「不用心、ふらふらするなよ」

「………」


 リア、キユハ、ハクアは行方知れずになっていた咲楽を探していたようで、咲楽の元気な姿を見て安堵します。

 そして咲楽の隣にはクスタが並んでいました。


「こちらのクスタさん、しばらく付きっきりで護衛してくれるそうなのでみんな仲良くしましょう」


 咲楽はクスタと話し合った結論を簡単に仲間たちへ伝えます。

 クスタは内通の役目を降りて、咲楽の護衛に専念することにしました。それが咲楽に対するクスタの罪滅ぼしです。


「怪しすぎて落ち着かないな…」

「不審、不穏…」

「………」


 当時の仲間たちはクスタの胡散臭さを警戒していましたが、終戦する頃には憎まれ口を叩き合いながらも信頼し合う仲間となりました。


「これからよろしくお願いします、クスタさん」


 咲楽は晴れやかな笑みをクスタに向けます。

 今まで散々酷い目に遭わされた咲楽ですが、決してクスタを憎んだりしません。むしろ罪悪感を抱えているクスタを気遣うように受け入れてくれました。


「はいはい、どうぞよろしく」


 クスタの態度は相変わらず飄々としています。

 ですがハルノと出会ってから様々な経験を得たクスタに、もう迷いはありません。もう二度と希望を手放さないとクスタは心の中で誓ったのです。




 記憶封印解除により咲楽との思い出が甦ったクスタは、リア以上に混乱していました。執務室で慌てるリアに声をかけるどころではなかったほどです。キユハの研究所で状況整理をしていた時も、余裕ぶっていましたが内心では動揺を抑えきれてはいませんでした。


 うっかり“サクラが来るかも”という願望を口にするほどに。

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