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第142話 【クスタの過去】




 戦争の影で生きてきたクスタは、誰も信用しません。

 嘘で身を隠し、嘘で戦争を操り、嘘で人の命を動かす。そんな男が他人を信用するなど出来るはずがありません。


 ですが総長は巧みに嘘を操るクスタを高く評価しました。


 何度も戦争の中で生還した実戦経験、戦況を読み切る分析力、虚言で人を操る話術。クスタの戦歴はソエルの中でも群を抜いています。

 ある日総長は、自分の全てを打ち明けクスタをハルカナ王国国王との内通者に任命しました。


(国王と総長が力を合わせて平和作りか…無駄なことを)


 当時のクスタは世界平和に興味がありませんでした。

 戦争を知れば知るほど思い知らされるのです、この戦争で腐った世界に希望などないことを。クスタは総長の言う通り戦争の犠牲を減らしながら終戦に向けて行動してきましたが、希望を持ったことは一度もありません。ただ表舞台に立つよりも、裏で動いた方が賢く生き残れるからそうしているだけです。


 平和など所詮は絵空事。

 クスタは平和を信じる両国の長も、争い合う人々も冷めた目で見物していました。


「ハルカナ王国からも内通者として騎士が選ばれたらしい。顔を合わせておけ」


 総長から最初の依頼がきました。

 ハルカナ王国から内通者として選ばれた、自分と同じ裏で生きる人間。どんな胡散臭い者が現れるのか、クスタは少し興味が沸きます。




「あなたがクスタさんですね、私は中級騎士のハルノ。これからよろしくお願いします!」




 その女騎士は晴れやかな笑みをクスタに見せました。


 クスタは拍子抜けします。

 その騎士は見るからに真面目そうな女性で、自分と同じ裏で暗躍するような人柄には見えなかったのです。


「両国の長の間を取り持つ…特別な任務って感じでドキドキしますよね」


「…随分と呑気だな、お前。覚悟はしておけよ」


「覚悟?」


「俺とお前は機密情報を持つ者同士、情報とは時に命よりも重い。情報漏洩を防ぐために俺はお前を殺すことだってある」


「へぇ…厳しい仕事ですね、勉強になります」


「…」


 ハルノはクスタとは正反対の人物でした。

 嘘をついたり人を騙すことが苦手で、表舞台に立って率先して人命救助に出向き、仲間のことを何よりも信頼します。


 二人は内通以外にも一緒になって戦場で活動することもあり、もしクスタが無茶な作戦を計画しても…


「作戦は以上だ」


「了解です!」


「…不信感はないのか?この作戦に」


「クスタさんが隠し事をしているのは分かります」


「ならなぜ問い詰めない」


「クスタさんの嘘には意味があるんです。だからクスタさんの嘘は信じて騙されるって決めてるんです」


「お前…早死にするぞ」


 ハルノはただひたすらに直向きでした。

 その直向きさをクスタは最初気味悪がっていましたが、接しているうちに別の感情が芽生えるようになります。


 クスタは他人を信じないように、他人からも信用されません。内通者に任命した総長や、戦場で肩を並べるオルドやルーザですらクスタのことを信用しきれてはいません。

 それが嘘をつき続けたクスタの宿命です。


 ですがハルノは違いました。

 ハルノは虚言を含め、心の底からクスタを信用していたのです。




(これが…信じられるということか)




 クスタは自分を信じてくれるハルノのことだけは、信頼してもいいと思えたのです。


 それから二人は両国の内通者として終戦に向け活動を続けました。

 しかし、いくら努力しても終戦の目途は立ちません。二人は長期間、危険な戦場の中に身を置くことになります。


「明日は重要な任務ですね」


「今度こそお互い死ぬかもな」


「嫌ですね、死ぬのは…」


「終戦の希望も風前の灯火…やってられないな」


 クスタは弱音をこぼします。

 気付けばクスタは、自分の胸の内をさらけ出せるほどハルノに心を開いていました。考え方はまるで違いますが戦争の見方は同じ、二人は絶え間ない戦争の中で信頼関係を深めていたのです。




「いっそのこと…二人で逃げちゃいます?」




 弱々しい声音でそう呟くハルノ。


「救いのない世界なんて放棄して、どこか静かな場所で二人きりで平穏に生きたいですね」


「…」


 クスタは何も言いません。


「………なんて、冗談です。私はこの世界に希望があると信じているので諦めませんよ」


 ハルノは笑みを浮かべていますが、それが作り笑いであることはクスタでなくとも分かります。


「…どっちも笑えない冗談だ」


「あはは…ですよね。それでは幸運を祈ります」


 そう言い残してハルノは、生還できるかも分からない戦場に向かいます。そんなハルノの疲れ切った笑顔を見たクスタは、一抹の不安を感じました。

 クスタはハルノの腕を掴んで引き留めます。


「その冗談、帰ったら酒の肴に聞いてやるよ」


「…はい!」


 クスタの一言で元気を取り戻すハルノ。

 戦争の影で戦う二人はお互いを信頼し合い、そして同じ夢を見るようになりました。ハルノはクスタと共に歩む未来を夢見て、クスタはその夢に毒されたのです。


 お互いの心を支え合うパートナー。

 口には出しませんが、お互いが抱く感情はそれだけ特別なものとなっていたのです。


 クスタは腕を放し任務に向かうハルノを見送ります。


 しかし、その戦場からハルノが帰還することはありませんでした。





 クスタは冷めた目で自分を見ました。

 そして一瞬でも希望を持ってしまった自分に飽きれます。


 この世界に希望などない。

 夢も未来もない。

 人の望みなんて叶わない。


 もうクスタは自分さえも信じられなくなっていたのです。自分を信じられなくなったクスタは、完全に心を閉ざしてしまいました。




 そんな出来事から少しして、クスタは咲楽と出会うことになります。

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